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花井の弁当は、毎日、やつの手作りだ。朝から花型の人参だの、飾りこんにゃくだの、手が込んでいる。趣味は料理と言い放つだけあって部活は家政部だし、味は折り紙付きだ。
「そんなことないって! タカの好きなものなら、いまさら聞かなくても全部わかってるし!!」
⋯⋯それが怖いんだっての。
佐藤が黙って飯をかきこんでいる。よくわかるぞ、その気持ち。
柳瀬さんは、あれから週3でうちに来る。
出来立ての夕飯提供と、来ない日や朝食分の料理を作り置きしてくれる。
俺は朝食以外の食品を冷凍して、適当に弁当に流用することにした。それを聞くと佐藤は興味津々、花井は益々機嫌が悪くなった。
「へー、これがその一品だってわけ? ⋯⋯うわ、だし巻き玉子、うっま!」
佐藤が俺の弁当箱から大事な卵焼きを一つ摘まむと、感嘆の声をあげる。ぐぬぬと花井の不穏な呻き声が聞こえたが、無視した。
「あ、今日は茶碗蒸しだ!」
「はい、春とはいえ少し冷えますから温かいものにしました」
柳瀬さんが、にこにこと微笑む。
青々とした豆ごはんに湯気の立つ茶碗蒸し。
味噌汁は絹さやと新玉ねぎと花麩。白みそ仕立てで、とろりと甘い。
メインは肉じゃがで、小鉢には菜の花のお浸し。
「この肉じゃが、鶏肉なんですね」
「豆ごはんがあっさりしてるから、味を消さないようにと思って鶏肉にしたんです。やっぱりお肉は牛の方がよかったですか?」
心配そうに聞かれたので、すぐに首を横に振る。
お世辞じゃない。ジャガイモは小粒の新じゃがで瑞々しい。鶏肉の旨味がよくしみて、こっくりとした味わいになっている。
「ううん! これ、すごくうま! いや、美味しい⋯⋯です」
柳瀬さんはほっとしたように息をついて、くすくす笑った。
「前にも言いましたけど、話す時は敬語じゃなくていいのに」
「でも、柳瀬さんだって敬語でしょ。俺の方が年下なのに、ため口なのは悪い気がして」
「ぼくは仕事ですからね。佐原さんは大事なお客様だから、気にしないで」
仕事⋯⋯。お客様。その言葉に、胸の奥がつきんと痛む。そうだよな、そりゃあそうだ。当たり前のことを言われただけなのに。
好物の豆ごはんが、何だか喉に詰まる気がした。
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