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2.たけのこ御飯で恋をして
お客様、と呼ばれた言葉が、胸にぐるぐると渦を巻く。
何だろう。何がこんなに切ないのだろう。
「そう言えば、牛乳なかったな」
学校帰りにスーパーに寄って、買い物かごに牛乳とグラノーラの大袋を突っ込んだ。
柳瀬さんが来るようになってから、自分でスーパーに来ることが減った。
食事の材料は、あらかじめ柳瀬さんが用意してくれるし、余ったものは別の料理になる。
「人間って、いい加減なもんだよなー」
物心ついた頃には、我が家に父親はいなかった。
女手一つで育ててくれた母の周りをちょろちょろしながら、料理を覚えた。
玉ねぎ一つ剥くだけでも褒めてもらえたから、料理はいいものだった。忙しい母親の代わりに、夕飯だろうが弁当だろうが、母が作れない時は自分なりに作ってきた。それなのに、自分で作らなくてもいい、しかも美味しいとなると、あっという間に自分で作る意欲が消える。
ため息をつきながら、パンでも入れとくか、と菓子パンコーナーに向かった。
小学生ぐらいの子どもが目の前で滑って転んだ。子どもは慌てて起き上がったが、手にしていたパンがぺしゃんと潰れている。
⋯⋯三色パン。
餡子とチョコとクリームがそれぞれ中に入って、ひとつにくっついてるやつだ。転んだ時に潰してしまったのだろう。袋の中で、クリームがぐしゃりとはみ出ている。
立ち上がった子どもは、パンをじっと見た。そして、黙って手で目をこすっている。
あ──。昔、俺も同じような事、やったよな。
ふわふわのパンが食べたかったのに、潰してしまったパンは無残で悲しかった。転んだ子どもは一人で来ているのか、親を探している様子もない。何だか見ていられなくて、俺は棚に残っていた三色パンをひとつ、手に取った。
「なあ、それさー」
振り返った子どもは、びっくりしている。
「これと、かえてくれる?」
「⋯⋯⋯⋯」
子どもの目は真っ赤で、目尻には涙が浮かんでいる。何だか周りの視線が痛い。カゴを持ったおばさんたちが、ちらちらとこちらを見ている。
いや、俺が泣かせたわけじゃないんだ。
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