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「えーと⋯⋯」
もう一度話しかけようとすると、子どもは口を引き結んで踵を返した。潰れたパンの袋を握りしめて、レジに向かって走っていく。一人残された俺は、ものすごく⋯⋯、気まずかった。
「めちゃくちゃ⋯⋯かっこわる」
三色パンを黙ってカゴに入れる。
⋯⋯そうだよな。今どき、知らない奴に話しかけられたら逃げるよな。ああ、親に変なやつに話しかけられたと言われて、今頃は不審者情報で流されてるかも。そんなことを考えていたら、一気に心が重くなる。会計を済ませて外に出れば、季節外れの突風が容赦なく吹きつけてきた。
ついてない日は、とことんついていないものらしい。
帰宅して、着替えたところに柳瀬さんから電話が入る。
「すみません。明日はご予約の日なんですが、急用が入ってしまって。申し訳ありませんが、代わりの者が行きます」
「そう⋯⋯ですか。わかりました」
俺の声は、よほど暗かったのだろう。
「佐原さん、大丈夫ですか? 元気がないけど、どこか具合が悪いんですか?」
「いえ、ちょっと疲れてるだけです。大丈夫⋯⋯」
「あたたかくして早めに休んでくださいね。また来週伺います」
心配してくれる声が嬉しい。落ち込んだ心が軽くなる。
受話器を置いたら、どっと疲れた。リビングのソファーに寝転がっていると、入れ替わるようにスマホから着信音が鳴り響く。
花井、の文字が画面に映る。何も考えず、電話に出た。
「⋯⋯ああ、花井。なんだっての」
「ひっど! 何、その言い方ー!! ねえ、家政部で筍ご飯と土佐煮作ったんだよ。タカ、たけのこ好きでしょ? 今から届けに行ってもいい?」
「たけのこ⋯⋯」
そう言えば、次に来る時は筍料理にしますね、って柳瀬さん言ってたな。
「もー! 全然聞いてないんだからぁ! 今から持って行くからね!!」
花井がまだ何か言っていたけれど、ちっとも耳に入らない。一方的に切られた通話にため息をついて、俺はソファーに突っ伏した。
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