2.たけのこ御飯で恋をして

2/5
前へ
/46ページ
次へ
「えーと⋯⋯」  もう一度話しかけようとすると、子どもは口を引き結んで(きびす)を返した。潰れたパンの袋を握りしめて、レジに向かって走っていく。一人残された俺は、ものすごく⋯⋯、気まずかった。 「めちゃくちゃ⋯⋯かっこわる」  三色パンを黙ってカゴに入れる。  ⋯⋯そうだよな。今どき、知らない奴に話しかけられたら逃げるよな。ああ、親に変なやつに話しかけられたと言われて、今頃は不審者情報で流されてるかも。そんなことを考えていたら、一気に心が重くなる。会計を済ませて外に出れば、季節外れの突風が容赦なく吹きつけてきた。  ついてない日は、とことんついていないものらしい。  帰宅して、着替えたところに柳瀬さんから電話が入る。 「すみません。明日はご予約の日なんですが、急用が入ってしまって。申し訳ありませんが、代わりの者が行きます」 「そう⋯⋯ですか。わかりました」  俺の声は、よほど暗かったのだろう。 「佐原さん、大丈夫ですか? 元気がないけど、どこか具合が悪いんですか?」 「いえ、ちょっと疲れてるだけです。大丈夫⋯⋯」 「あたたかくして早めに休んでくださいね。また来週伺います」  心配してくれる声が嬉しい。落ち込んだ心が軽くなる。  受話器を置いたら、どっと疲れた。リビングのソファーに寝転がっていると、入れ替わるようにスマホから着信音が鳴り響く。  花井、の文字が画面に映る。何も考えず、電話に出た。 「⋯⋯ああ、花井。なんだっての」 「ひっど! 何、その言い方ー!! ねえ、家政部で(たけのこ)ご飯と土佐煮作ったんだよ。タカ、たけのこ好きでしょ? 今から届けに行ってもいい?」 「たけのこ⋯⋯」  そう言えば、次に来る時は筍料理にしますね、って柳瀬さん言ってたな。 「もー! 全然聞いてないんだからぁ! 今から持って行くからね!!」  花井がまだ何か言っていたけれど、ちっとも耳に入らない。一方的に切られた通話にため息をついて、俺はソファーに突っ伏した。 
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1032人が本棚に入れています
本棚に追加