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コトコト、と何かが煮えている。ぱたぱたと台所で動き回る人の気配。
「え⋯⋯、柳瀬さん?」
いつの間に眠ってしまっていたのだろう。寝ぼけ眼で起き上がれば、小柄な姿が目に入った。
茶色のふわりとした髪が揺れる。
うちのリビングは、ダイニングキッチンと続き部屋になっている。カウンターから手際よく動く花井の姿が見えた。
「⋯⋯花井」
「あ、タカ、起きたんだね。ちょっと待ってて、すぐ出来るから」
「おま、どうやって入って⋯⋯」
「玄関のドア、鍵かかってなかったよ! 全く不用心なんだから。インターホン鳴らしても出てこないから、勝手に入ってきちゃった」
ぺろりと舌を出して笑う姿は、女子よりも可愛い気がする。
腹がぐうと鳴って、台所に入ると、テーブルの上は筍尽くしだった。
「うわ、すっげぇ」
「へへ、ごめん。調味料とか、勝手に使わせてもらっちゃった」
シンプルに油揚げと炊かれた筍ご飯、たっぷり削りたての鰹節が使われた土佐煮。筍の先端の姫皮は丁寧に剥がされて梅肉和えになり、ちょこんと小鉢に盛られていた。
筍料理の隣には、アスパラと人参の牛肉巻きが彩りよく皿に並ぶ。
「すっごいうまそう! これ、全部食っていいの? 肉もある!」
「うん! 家政部で作ったのもあるけど、おかず足りないかなって買い物してきたから。タカが寝てる間に作ったんだ」
「サンキュ。花井も食べるだろ? あ、もう家政部で食べてきた?」
「ううん。ぼくはさ、タカに持ってきたかったから、味見だけしてきた。一緒に食べてもいい?」
「もちろん! せっかく作ってくれたんだし、一人より二人で食う方が絶対うまい」
「⋯⋯ありがと」
二人分の茶碗を出し、箸と箸置きを用意する。後でお茶も欲しいよなと、急須や湯呑みをまとめて、煎茶の入った茶筒と一緒に丸盆に揃えた。
花井が、にこにこと笑顔でこちらを見ている。
「どした?」
「あ、ううん。何か、いいなと思って」
「ああ、その箸置き可愛いよな。季節ものだけど」
「え? うん、そうだね⋯⋯」
花井に渡したそら豆の箸置きは、母の旅行土産だ。箸置きを見ながら微妙な顔をしているのを、俺は気に留めなかった。
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