夕立ちを待つ。

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 不意に雨脚が弱まり光が差し込んできた。  ホッと息を吐きながら、光に目を細める。やってきた暖かさに安堵しながら声をかける。   「あ、雨止みましたね」  だが、彼を見ると──姿を消していた。  跡形もなく、ただ空間だけがある。思わず二度見した。   「えっ?」  歩道橋の下から出ても彼の姿はない。目を擦ってもキラキラと反射するアスファルトと傘を閉じて歩く通行人だけだ。  私は眩しい夕日が差し込む中、呆然と立ち尽くしていた。  その後も幾度(いくど)か彼に遭遇した。  全てに言えるのが、夕立の時だけ歩道橋の下に現れる、ということ。そして、夕立が収まると姿を消す。  逆を言えばそれ以上でもそれ以下でもない、摩訶(まか)不思議な現象で、名前も知らない彼は掴みどころない蜃気楼のような存在だった。    そして、五度目の夕立。私はわざと傘を出さずに歩道橋の下へと駆け込んだ。  彼と会うようになってから、あれ程憂鬱だった夕立を心待ちにするようになった。僅かな夕立の間、彼と話すことが楽しみになっている。   「また会いましたね」  前回と変わらない格好で、彼は微笑する。  私は息を整えながら平静を保って尋ねた。 「そうね。──ねぇ君、不思議だね」 「そうですか?」  彼は首を傾げ笑みを深めた。柔らかい髪の毛をサラリと揺れる。  五回も彼に会っているが、笑顔以外の表情を見たことがない。  私は決定的な一言を口にする。 「だって、夕立の時以外いないでしょう」 「そうですね」  さらりと彼はそう言って笑みを浮かべ続けた。 「──俺、死んでるんで」 「……え?」  一瞬、雨脚が聞こえなくなった。  彼は泣きもせず、笑みを浮かべたまま淡々と応じた。 「そのままですよ。死んでます。幽霊です──夕立の時だけ現れる」
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