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たった、それだけです、と彼はささやいた。
あまりに衝撃に理解が追いつかない。
ようやく出てきた言葉は「そうなんだ……」というなんの意味も持たない言葉だった。
「俺は、ずっと待ってました。あなたを」
「私を?」
思わず目を見開いた。
同じ想いだったなんて……
夕立の時だけ現れる幻みたいな、名前も知らない彼を、私は心待ちにしていた。
約十歳下の彼に密かに想いを寄せていたのだ……なのにまさか幽霊とは……
でも──想いは変わらない。変わることが出来ない。
「……実はね、私もあなたと会えるのを心待ちにしていたの」
「それは光栄です」
彼は右口角をそっとあげた。
「これからも会いに来ていい?」
「いえ……ずっと一緒ですよ」
「え……?」
ざぁざぁと雨が地面を打ち付ける。彼はその音に紛れながら、初めて表情を消した。
「俺は、さっき言った通り幽霊です。昨年、夕立の時雨宿りをしていたら、スリップしたトラックに跳ねられて死にました。即死です。轢かれて幽霊になった。
でも、初日に述べたように、夕立は嫌いじゃない。
むしろ、夕立になると安心します。忌々しい血が流れていき、仲間が出来るからです」
相変わらずなんてことのないように淡々と彼は言葉を重ねたが、計り知れない悲しみがひしひしと伝わってくる。
そして、彼の運命の悲惨さに何も言葉が出てこない。
夕立の時、ここに現れるのは事故当時の状況と同じだからだろうか。
そして、初対面の頃の詩的なあの言葉は、彼の本心だったのだ。
雨音だけが辺りを包み込んでいると、彼は一番の笑みを浮かべた。
「俺は待ってました。あなたみたいな人を……一緒にいきましょう」
どこに、と問おうとしたが遅かった。
背中が強く押され、降りしきる雨の中、車道へと身体が倒れ込む。
──今何が起こっているのだろう。
「一緒ですよ、ずーっと」
雨の日特有の土の香りが鼻を擽った瞬間、私の意識はプツリと途絶えた。
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