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「お前なんて解雇だ」
青筋を立てて怒る親方の顔を、他人事のように眺めていた。すると頭をはたかれ、「今すぐに出ていけ。警察に突き出さないだけ、ましだと思え」と血走った眼で睨みつけられ、おまけに蹴られた。
海老原洋二は腹に喰らった衝撃に耐えきれず、尻餅をついた。すると、横に立っていた同僚が「この盗人が!」と洋二を何度も蹴りつける。親方も興奮したのか、一緒になって洋二を蹴った。洋二は身体を丸め、頭を隠すように手で覆った。
背中を蹴られ、脇腹を蹴られ、罵声を浴びせられた。騒ぎを聞きつけた隣室の若造もやって来て、一緒になって洋二を蹴った。
「仕事も出来ない癖に手癖も悪いなんて最低だな」
初めのうちは怒りに満ちていた声に、それぞれ笑いが混じるようになった。馬鹿だ無能だと言われても、無反応を貫いた。その程度のことは、普段から言われ慣れている。洋二だって、自分が無能であることは承知している。反論する余地はなかった。
下卑た笑いを浮かべながら若造が洋二の顔のあたりを踏みにじったとき、洋二の思考能力が遮断になった。目を閉じ、掛けられる罵声をただの音の羅列だと認識し、何も考えずにただ時間をやり過ごす。洋二が自然と身に着けた処世術であり、身を守る術だった。
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