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 どれくらい待っただろうか。気付くと私刑(リンチ)は終わっていた。どうやら少し気を失っていたらしい。  体を動かそうとすると、あちこちが悲鳴をあげた。鋭い痛みを感じ取り、思わず顔をしかめる。体中が熱いし、頭もぼーっとする。急に意識(スイッチ)鮮明(オン)になった現実(せかい)は、洋二に容赦がなかった。  重たい体を苦労して起こすと、テーブルの上に置手紙があった。 『朝までに出ていけ』と殴り書きされた紙を手に取って眺める。昨日玄関ポストに投函されていた宗教の勧誘チラシの裏に油性ペンで書かれた筆圧の強い字は、親方のものだろうと思った。深く溜息を吐くと、背中がずきんと痛んだ。  荷物をボストンバッグにまとめて、静かに部屋を出た。鍵を閉めるかどうか、また置いていくかどうかも悩んだが、開け放したまま行くことにした。どうせおんぼろアパートだから、きちんと閉めておいても乱暴にドアノブを回せば開いてしまうような鍵なのだ。鍵をポケットにしまい、そろりそろりと廊下を歩く。  各部屋の脇を通るときは緊張したが、ほとんど電気は消えていた。住民は皆肉体労働の現場作業員達だ。明日の朝も早いから、従業員寮であるアパートは静まり返っている。  錆びた階段を降りるとき、膝が痛んだ。歯を食いしばって耐えながら、一段ずつそっと足を下ろした。あまり勢いよく降りると、ぎしぎしとうるさく音がするのだ。  階段を降りきって後ろを振り返った。一階の事務所も、三階までの各部屋も、全て電気が消えていた。建物の後ろに弓型の月が見えて、それが洋二を嘲笑う誰かの口元に見えて、慌てて目を逸らして歩き出した。
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