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 特にあてはない。けれどもうここは離れなくてはならない。きっと元同僚や親方は、洋二を見つけたら本当に同僚の財布を盗んだ窃盗犯として警察に突き出すことだろう。見逃してくれると言っているうちに有り難く逃げた方が得であることは、あまり頭の良くない洋二にだって分かる。  重たい体を引きずるようにして、県境の土手まで歩く。階段を使って土手を下り、高架下の誰も利用していない歩行者用のトンネルを目指した。整備が碌に行われていないせいで不法投棄(ごみ)と大きな石だらけの河川敷を、足場に注意しながら慎重に歩く。息が上がって、額から汗が流れてくる。冷たい夜風が心地よかった。  目指すトンネルをその目に捉える。トンネルの入り口は、暗闇の中にその口をぽっかりと開けていた。洋二はその暗闇を見るといつもほっとする。どこかに行かなくては、と思ったときに最初に浮かんだのはここだった。安堵から、また少し体が重くなる。  最後の力を振り絞って、トンネルに入り、中ほどまで歩く。暗闇に慣れた目で周囲を見ると、壁面は品のない落書きだらけだ。  この辺でいいだろうと壁に背を預けてどさっと下に崩れ落ちた。ときどき上を走る車の振動音が洋二の身体を揺らす。肩にかけていたボストンバッグを抱きかかえるようにして丸くなり、横になるとすぐに意識が保てなくなった。  これまでのことも、これからのことも、考えなくてはならないことはたくさんあるが、とにかく眠い。気を失うように、洋二は眠りに就いた。
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