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 駅前の繁華街は、あまり人気(ひとけ)がなかった。終電を逃した人々は各々始発までの居場所を確保したらしく、居酒屋の窓から甲高い笑い声が漏れ聞こえてくるし、ベンチには酔いつぶれたサラリーマンが眉間に皺を寄せて転がっていた。  洋二はそんなサラリーマンの傍に寄り、「大丈夫ですか」と体を揺する。うめき声のような返事が返ってきた。「物騒ですから、気を付けて下さいね」と言い、そっとそのポケットから財布を抜いた。駅の反対側の電柱にもたれかかっていたサラリーマンにも声を掛けた。返事もなかったので、ポケットから財布を抜き、黙ってその場を立ち去った。  線路沿いに歩く。歩きながら、財布の中身を確認した。札と小銭を抜いて、カードや免許証などには手を触れることもなく財布を道路に放り出す。その上を大型のトラックが走って行ったのを眺めて頷き、自分の財布に札と小銭を移し替えた。  目についたコンビニに寄り、菓子パン二つと牛乳を買った。店を出て、歩きながらそれを腹に収めた。疲れた体に菓子パンの糖分が沁みた。  空が白んでくるまでに、四駅ほど歩いた。始発が動き出し、通勤客がちらほら見受けられるようになったので、駅前のインターネットカフェに入った。会員証が要らないプランで入室をした。受付の店員がしきりに料金体系の差異を理由に入会を勧めてきたが、「普段はあまり利用しないから」と断った。店員は少しだけ不服そうな顔をしたが、洋二がぎろりと睨むとそれ以上は何も言わなかった。
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