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絵画潜入修復師は『黒霧』に脅かされた絵画を修復する専門職だ。
黒霧とは、作者以外の者による悪質な修復や加筆、経年劣化などが原因で、絵に宿った記憶や想いが塗りつぶされることで絵画が黒くなる現象である。
絵画潜入修復師になれるのは学芸員の中でも氷山の一角。潜入修復以外にも、メンテナンスや調査•研究と業務内容は多岐にわたるからだ。
修復技術はもちろん、あらゆる芸術に対する知識とどんな状況でも的確な判断を下す対応力が求められる。
学芸員を志す私のような学生なら、誰しも絵画潜入修復師になりたいと憧れる。思わず拝みたくなってくる。
「館長から聞いてないか? 二階の作業場は俺が使うから誰もいれないようにって言っておいたのに」
「すみません。今日が初日なもので聞き逃していたのかもしれません」
謝罪を込めて頭を垂れれば、「ま、いいけど」と実に軽い言葉が降ってきた。
「あの、ギルバートさん」と言えば、「ギルでいい」と返ってきたのでそれに従うことにした。
「ギルさん。私、夜警の仕事に戻りたいんですがどうすればいいですか?」
「それは無理だ」
あっさりと断言されきょとんとしていると、ギルさんはにやりと意地悪く笑った。
「彼女の真の姿を見つけるまでは、この絵の中から出られない。黒霧を除去しないで出ると、他の絵画にも影響があるからな」
「えっ!」
驚き震える私の肩を、慰めなのかぽんぽんと叩いてきた。
「ようこそ。絵画の世界へ」
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