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無限の水滴に濡れるに任せながら、こんな風に笑えるのは、きっと子供のうちだけなのだろう。
大人になれば、空へ遡る雨を見ることも、空のクジラに手を伸ばすこともないのだろう。昼と夜の狭間に、もう会えない人の姿を目にすることも。
あの空の上の世界を見た人は、僕や、おじいさんや、おじいさんの友達以外にも、たくさんいるんだろうか。
いるんだろうな、と思う。
おじいさんは二十歳を越えても、どうやら子供だった。だから『逆立ち』につかまって空へ行った。そんな人がいるのだ。
こんなふうに、この世の中にはまだ僕の知らないことがたくさんあって、まだ僕が出会っていない人がたくさんいる。
だったら僕は、もしかしたら、今の僕がそう感じているほど、ひとりぼっちではないのかもしれない。
僕は水たまりを渡り、傘を引きずって、アスファルトの上にひとときで消える水の線を引きながら、泣いて笑って家へ帰った。
おじいさんの日記を胸に抱え、背中の向こうで、太陽が山の端にそっと消えるのを感じた。
いなくなってしまった人たちが僕に残していくもののことを、痛む胸の奥で、少しだけ考えながら。
世界中の屋根を雨が打っても、その果ての空は晴れている。
去ってしまったものは、なかったことになったわけではない。
それは、僕の手からどんなに大切なものが失われても変わらない。
終
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