世界の屋根を打つ雨の向こうで

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 僕の体はあっという間に家の屋根を越え、近くにある児童館や学校を越え、遠くの山の頂上の高さを越え、雲に近づいていく。  ほほや肩が風を切り、曇天からどんどん明るくなる空へ突っ込んでいく。  やがて雲を突き抜けた。そこは、快晴の世界だった。宇宙を薄めた青色が、この世のすべてを包むように広がっている。  ふとあたりを見ると、何本もの『逆立ち』が雲の上へ突き出ている。  それらはどれも、上空に浮かんでいる大きな水たまりへ吸い込まれて行っていた。上を見ると、僕の上方にも、ちょっとした湖くらいの巨大な水の塊が浮いている。遠近感がおかしくなって、めまいがした。  やがて僕の体は、水の塊に突っ込んだ。  逆立ちからようやく逃れた僕は、学校で習ったように体の力を抜いて浮力を得て、水面まで上がっていく。  ようやく頭が水の上に出て、僕は大きく深呼吸した。  日記はちゃんと手に持っている。僕は袋の上からページをくった。『逆立ち』のページの続きだ。  どうやら、おじいさんもここに来たことがあるらしく、そのときのことがつづられていた。 <逆立ちの集う水の中には、水草がそよぎ、魚まで泳いでいる>  え、と僕は足元を見降ろした。  さっきは気づかなかったけれど、確かに、様々な形の水草が水の中にたゆたっていた。時折、小さな川魚の群れがさらさらと足元をかすめていく。 <かにや貝の類は見られず。おそらく、底から落ちてしまうのだろう>  確かに、この空中湖には湖底がない。なるほど。  僕は息を吸い込んで、あまり下まで潜らないよう気をつけながら、潜水した。  青い空の下で、ピカピカと光る魚の腹を眺め、その下に回り込んで、日の光を背景にして横切る黒い影の群れを見る。  時折、僕の腕くらいの太さのある魚もいた。しかしそれ以上の大きさのものは見当たらない。この空中湖にいられるのは、そのくらいの大きさが限界なのかもしれない。
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