1人が本棚に入れています
本棚に追加
通り雨
それから半年の時を経てユキが7月の上旬に東京に来ることが決まった。
そして4回目の上京にして、トオルとの二人きりでのデートが実現することとなった。
「今回は俺は仕事で抜けられないってことにしてあるけど、正直、ユキと遊ぶのは楽しいし、なんかあったら呼んでくれ」
「わかった」
上京が決まってからユキと二人で画策し、今回、私は仕事や家庭の用事で合流できないということにした。これまでは三人でどこにいくのかをほとんどユキと決めていたが、今回は計画から参加しないことにした。そういうことに不慣れなトオルは滅茶苦茶なことを散々行った後、全部ユキに任せることになったようだが、その一部始終をユキと共有している自分がどうにも不快でならなくなっていた。
これまで微妙なバランスで成り立っていたユキとの関係にゆがみなのかひずみなのか、ズレのようなものが生じていることを気づきながらも、私はそれを無視し、ユキはそれにまるで自覚がないか、私と同じように見てみぬ振りをしているのか、いつものようなやりとりが、どこかぎこちなく感じていた。
3時過ぎ、急に辺りが暗くなり、遠くから雷鳴が聞こえる。
「来たな」
朝、デートに出かける前にユキからメッセージが来た。
「今から行ってくる」
「傘の用意は? 雨降るぞ」
「うん、持って行かない」
「それがいい」
いつもは待ち合わせに遅刻してくるトオルが時間通りに来たとか、ランチがおいしかったとか、そんなメールが散発的に送られてきたが、返信をする気にはなれなかった。
わかっている。わかっているが、寂しさとか或いはそれに隠れたどうしようもない感情というものはいかんともしがたいのだ。そうした感情のわだかまりのようなものは、意識して無視をしようとしても、どうにもならない。
どす黒い雨雲が、青空を浸食していく。それはまるで――。
同じ空の下、まだここは雨が降っていないが、あの二人の頭上には、大粒の雨が降っているのだろう。ひとつの傘に方を寄せ合う二人。それは100パーセントではなくても、かなり高い確率であることは、届くことの無いメールが物語っている。いっそ今から振り出す夕立に傘も差さずに身を置いて、何もかも洗い流せたら良いのにと思う自分を笑って、私は洗濯物を急いで取り込んだ。
あれから2年の月日がたつ。
私とユキは急激にギクシャクした関係に終止符を打つしかなかった。
傘はふたついらない。
私は忘れ去れられた置き傘。
またこの季節がやってきた。夕立が来る。
彼女は今、傘を持っているのだろうか?
同じ空の下にいる彼女は、夕立を楽しみにしているのだろうか。私にはわからない。
ただひとつわかっていること。
それはもしユキに二人はうまく行っているのかと尋ねたら、きっとこう答えるに違いない。
『知らない』と。
それは彼女の知らないのなかで、もっとも嘘に近い『知らない』――知られたくない、教えたくない、知ってほしくないの『知らない』なのだ。
夕立は通り雨――降り続くことはない。
おわり
最初のコメントを投稿しよう!