雨降って固まる地

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雨降って固まる地

 天気予報を調べるまでもなく、今日、夕立が降ることはわかっていた。  2日前、天気図を眺めながら私は彼女と電話をしていた。 「せっかくのデートだって言うのに、あいにくの天気になりそうだな」 「だってしょうがないじゃん。前から日程は決まってたんだから」 「さて、どっちが雨女か雨男か、それとも両方か。俺は名実ともにハルオだからな」  彼女は鹿児島に住んでいる。知り合ったのは4年前だが、よく連絡を取るようになったのはここ半年のことだ。SNSのとあるコミュニティのオフ会であったときには、まさかこんな日がくるとはまるで想像できなかったが、人の出会いは数奇なもの、そしてままならないものである。 「ユキは雨女じゃないもん」 「じゃあ、トオルか」  そう切り返すと「知らない」と少し不敵された声で彼女は答えた。何度となく耳にした彼女の「知らない」というフレーズにはいくつかのバリエーションがあり、この「知らない」は事実否定的な意味の「知らない」である。トオルの雨男ぶりは互いに確認している事実である。ちなみに私は晴れ男らしく、三人で会うときには雨が降っても『降られる』ことはない。天気が崩れても移動のときや肝心のイベントの時には雨は上がる。伊達に晴れる男、ハルオではない。 「傘を持っていきなよ」 「やだ。荷物になるもん」 「折りたたみとかあるだろう」 「折りたたみじゃ、二人で入れないもん」 「そういうことか」  トオルとユキの距離はまだ微妙なところがある。ユキはトオルが好きであることは三人の周知の事実であり、またトオルがその気がないこともそれそれ個別に認識している。  ユキはこれまで二回告白したが、二回とも散々であったと聞いている。おそらくトオルの知らないことを私はだいたい知っている。ユキとは無駄に赤裸々な関係であり、互いにそれを今はよしとしている。友達であるのかどうか、それはとてもあやふやで危うく、その認識も互いに持っている。 「もし二人がうまく行くようになったら、こうして電話で話すこともなくなるんだろうと、俺は思っているけどな」 「そうなのかなぁ。なんかさみしいね」  ユキは否定はせずに、そうならないことも願いもしていない。夏には夕立が降る。それを否定はしないが、そうならないことを願いもしない。 「トオルくんも折りたたみ傘とか持って歩かないよね」 「それに関しては100パーセント保障する」 「雨が降ってきたら、一緒に傘に入ってくれるかな」 「それに関しては100パーセントの保障はないが……、期待はしていいと思うよ。そのために俺は今回行かないのだから」  彼女はこれまで3回上京してきた。その3回とも三人で行動していた。私は比較的時間の融通が利く分、先にユキと会ってトオルと合流し、トオルが先に帰って、ユキをホテルまで送っていくか、二人で夜を明かすか。男であり、女であり、そして恋愛の相談相手であり、そういうのをどう定義していいのかわからないが、友達ではないことは確かなのだと思う。 「でも、自分の傘は自分で買えとか言われそう」 「いや、それは無いと思うよ。二つ買うのはもったいないとか、雨が上がったら邪魔になるからとか、それで納得すると思うな」 「そうかな」 「そうさ」  ユキが不安になるのもわかる。三人で行動するとき、トオルはユキに冷たくあたる傾向にある。結果ユキは私に甘え、私はトオルに苦言を呈する。ユキが鹿児島に帰ったあと、二人で居酒屋で話したことがある。 「お前さ、女の子っていうのは、もっとやさしく接するものだと俺は思うぞ」  トオルは5つ年下、ユキは更にその4つ下となる。若い者に説教をするわけではないが、トオルのやりようは子供っぽく、それがどうにも気に入らなかったのは確かなのである。 「なら、ハルオさんが優しくしてやれば良いじゃないですか」 「あのなぁ。俺は妻帯者。人として優しくできたって、それ以上のことはできやしないんだから」  それが本当であろうと嘘であろうと、トオルにはわからないことだろう。 「だからってなんで俺がユキさんに優しくしなきゃならないんですか」 「それは二人が独身で……、いや、そんなこととは関係なく、別にユキに限らず、お前は女に対する接し方がぜんぜんなっていない。少しは自覚しろよ」  いつになく強い語気で詰め寄ってしまったが、自分がイラついているのは、トオルのせいではないことは自覚している。 「してますよ。自分がそんなことできないって自覚はあるから、こうなっているんじゃないですか」 「俺は女に優しくできない男は嫌いだ」  酒のせいではない。自分が酔っているのは、ユキが流した涙だったのかもしれない。しばらく平行線の話をしたあと、さすがにこれは気まずくなると思い、話題を変えたが、結果的に言えば、この日を境にトオルのユキへの接し方は少しずつ変わっていた。 『雨降って地固まる』とでも言うべきか。ユキからは最近トオルがちゃんと連絡をくれるようになったとメールがきたが、トオルとどんな話をしたかは伝えなかった。  思い出すのも腹立たしいくらいに、トオルはユキのやることなすこと全部気に入らないという類の話をもっとも醜悪な表現で私にまくし立てた。しかし自分にはトオルの苛立ちの原因が透けて見えていた。何をするでもトオルよりも先んじてユキを気遣う私のやりように嫌悪感を覚えていたのだと思う。人それぞれの相性、ひとそれぞれのやり方というものがある。私とトオルとでは、まるでそれが違う。比べることはできないが、トオルは私のようにユキに接してやれない不甲斐なさに苛立ちを感じていたのかもしれない。
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