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「ねえ、元気にしてる?」
君の頬を撫でながら、そっと呟く。君はもうずっと前に眠ってしまって、私の声はきっと届いていない。
「初めて会ったのは、いつだったかな」
とても昔のことのようで、でも、君にとってはつい最近なのかもしれないな。私は確か赤ん坊だったけど。
「ほら見てよ。私も歳をとったよ。背だってこんなに伸びたし」
君の小さな頭は、私の両手で包み込めてしまう。
「君はずいぶん、小さくなっちゃったね」
こんなに小さいのに、私よりも長い時を生きていたんだっけ。君の世界と、私の世界では、時の流れが違うらしい。そのことを知ったのは、まだ最近のこと。
「結局君には、追いつけなかったよ」
出会った時はまだ、私の方が年上だったのに。いつの間にか隣に並んでて、すぐに追い越された。
「今の君を追い越すのだって、何年先になることやら」
手を伸ばせば触れて、頬を合わせることだってできたのに。今はもう、届かない距離の、触れられない空間にいる。
「小さい時からずっと、家族よりも素直にいられたよ。私が泣いてたら、そっと部屋に来てくれて、黙って隣にいてくれて」
その静かな慰めが、どれだけ心地良かったか。
「二人目のお母さんみたいな。親友じゃないけど、最高の友達だったよね」
君の返事は全然聞こえない。前だって君は何と言っているかわからなかったけどさ。生まれた世界が違うと、こんなに伝わらないものなんだね。
「楽しかったかい? この家は」
この家族は。楽しかったのかな。言葉がわからないものだから、いつも勝手に勘違いしていた。
「私は、楽しかったよ、君と一緒にいれて。君と会えてよかった」
そういえば、一度も言ったことがなかったね。
「そうだよ。楽しかったよ。大好きだよ君のこと、大好きで、大切で」
君が、大切で。君がいたからこの家族はここまでやってこれたんじゃないかな。いつも、君が私たちを笑顔にしてくれたでしょ。
届いてるかな、この声は。君は耳が良かったからきっと聞こえてるよね。
「ほんとにありがとう。君がいてくれたおかげで、私はここまで生きてきた」
今だって、君がいたはずの場所がぽっかり空いて。
君の癒しがないから、毎日疲れがたまるばかりで。
「でも君のことだから、私が追いかけないようにって何か理由を残してるんだろうなぁ」
例えば君の子供とか。
「大丈夫、元気だよ。妹も君のところにいっちゃって寂しそうだけど、たくさん私を構ってくれる」
あとはそうだな。私の好きな人、とか。
「友達が、彼と仲良くしてるの。嫉妬しちゃうよ。頑張らなくちゃ、いけないんだよね」
取られたくないし、せめて一瞬でも、振り向かせなきゃ。
「それにお母さんも、辛いよね。一気にみんないなくなったら」
だからまだ、君には会いにいけないみたい。
「だから君が会いに来てよね。夢でも、なんでもいいから。待ってるよ」
そろそろ、君も疲れたよね。もう、ちゃんと眠らなきゃいけないかな。
「…ねえ。いつか会いに逝った日は、君の可愛い声を聞かせてよ」
『にゃあ』
ってさ。
きっとそれは「おはよう」って言いたいんだよね。
じゃあ私は言わなきゃね。
「おやすみ」
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