夕立ロックンロール

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 とりあえず、住宅街のある道で立ち往生するのは人の迷惑になるので、近くにある公園へ移動する。  雨なので遊具で遊ぶ子供はもちろん、散歩をする人もいない。  雨の公園で厳つい野郎四人に囲まれバンドの活動について話をする。  この数分で自分の人生が百八十度変わってしまった。  俺が頭を抱えていると、呉郎が質問を投げかける。 「ところで平井。オメェは歌は歌えるのか」 「え、なんで」 「オメェにはバンドの(かなめ)のボーカルをやってもらうからな」 「心臓部分じゃないか! 責任重大すぎる……」 「ちょうどボーカルが欠員でな。で、どうなんだ?」 「ええと、風呂で鼻唄程度になら」 「ハミングじゃねーか! こいつはロックだぜ!!」 ハッハッハ! 豪快に笑う呉郎たち四人。  この人たちさっきから何事もロックで片付けてるな。先行きが不安なため念のために聞いてしまう。 「あの、あなた方のロックってどういう意味?」 『あァ?』  こわいこわい。全員視線で人を殺せそう。 「さっきからロックだロックだ言ってるんで、ロックの概念的なものを具体的に教えてほしいというか……」 「ロックの概念か。そんなの簡単だ」  呉郎が合図を送ると、他の三人、雷鬼、光鬼、轟が各々の楽器を持つ。  そして呉郎も何処から出したのかドラムロールを始め、それに合わせメンバーが高らかに音色を響かせた。  エレキの高音が雨の公園に響き渡る。 「己の魂に響くか、ロックかロックじゃないかなんてそれだけだ」 「そうですか」  どうしようわからない。 「要するに琴線に触れることを言うのかな」 「琴なんてお上品なモンじゃねーんだよッ!! ソウルを感電させちまうような刺激的で興奮するワイルドで粋なモン、それがロックだッ!」  ギュオーンッ!  ギターが鳴った。台詞に合わせて鳴らすのはギターの雷鬼。ノリが良い。 「なんとなくわかった。でも、俺はロックなんて歌えない。そもそも人前で歌う自信がないんだ」 「なんでだ。人に隠れてこそこそ生きるほどつまらないモンはねーだろ」 「……俺はこの特異体質のせいで迷惑をたくさんかけてきたから。俺のせいで人が悲しむ。そう意識が刷り込まれているんだ」  小学生の頃、皆が楽しみにしていた遠足や運動会を自分のせいで中止にさせてしまった。  今さら自分が自分のために楽しむなんてことは出来ない。 「でも、そんなお前だから俺らには必要なんだぜ」  轟さんがリーゼントを撫でながら言う。 「お前の力は俺たち雷音には必要不可欠だ。これはお前にしか出来ない」 「そうだそうだ!」 「君がいれば俺らは無敵になれる」  雷鬼と光鬼も続く。  全員が真剣な目で俺を見つめていた。 「雷音にはオメェのロックが必要なんだ。平井、一緒に魂を揺さぶるようなロックを奏でようぜ」  傘を拾う時の乱暴さはなく、穏やかに手を差し出す呉郎。  自分が必要だなんて初めて言われた。  この人たちはこんな俺を必要としてくれる。  この手をとれば、俺は変われるだろうか。新しく、堂々と輝ける自分に。 「……よろしく」  俺は目の前に差し出された赤い手を強く掴んだ。  こうして、俺は雷音のボーカルとして新しい世界に足を踏み入れたのだ。
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