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 美帆が置いていったスマホを、僕が使うことはなかった。  かといって文明の利器(古い言い方だけど)を捨てるわけにもいかず、だらだらと二ヶ月が過ぎていった。  スマホ一台あれば何でもできる時代なのに、なぜ彼女がそれを嫌うのか、どうしても理解できなかった。交通機関の乗車券、買い物、個人番号もインストールされているし、これ一個で自分という存在を証明できるツールなのだ。  けれども、美帆は新しい土地で僕とは違う毎日を送っているはずだった。僕自身も仕事に追われて、彼女との思い出は薄くなりつつあった。彼女も違う生活の中で僕のことなど忘れていくに違いなかった。  そう思っていた矢先の六月の下旬、美帆からの絵葉書が届いた。  緑いちめんの畑とその向こうに並んだ家々、さらに家の遠景には白い煙をもうもうと吐き出す煙突がそびえている絵葉書である。まるみを帯びた手書きの文字が並んでいた。  もうすぐそこに夏がきています。  たーくん、元気ですか。写真は私が住んでいる町ですが、とても良いところですよ。現在、私は地元のスーパーで働きながら、夕方は子供食堂でボランティアをしています。八月十日に花火大会あります。よかったら遊びに来ませんか? 宿泊先は私の方で手配するので、ご安心を。  紺野美穂  近況を綴っただけの短い文面だったけど、畑と煙突の絵を眺めているうちに、違う世界にすっかり溶け込んだ彼女の姿を僕は想像していた。喧噪とした都会の中で、彼女と一緒の時間を共有したこともあったが、それは今なお、僕にとっては切なくて狂おしい記憶だった。しかし、彼女は昼も晩もスマホに監視干渉されている現実を望まなかったのだ。  現在の美帆は落ち着いているのだろう。  だから、絵葉書を・・・これは、SNSの無い世界、時に忘れられた町への招待状なのだ・・・そう、僕は受け取った。 「絵葉書ありがとう。八月九日からお盆休みに入るので、めちゃ遊びに行きたいです。楽しみに・・・」  僕は、無意識のうちにスマホの画面を開き、文字を打ち込んでから、狼狽した。電子文が届かないことに今さらのように気づいて、自嘲気味に笑った。そういえばもう何年も、僕は手紙やハガキを出した記憶がない。年賀状ですらスマホで済ませていた。  早速、僕はレターセットを買いに行った。    
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