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 車窓の風景は平凡だった。都会化された街並みと散在する畑と雑木林の流れをしばらく眺めていたが、そのまま目を閉じた。バスの震動に身をゆだねているうちに、まどろみが僕を包みこんだ。  次は御影町、御影町・・・  無粋なアナウンスが流れる。  眠っているあいだに、外の風景は一変していた。  バスは木々に囲まれた道路を走っており、茅葺屋根の民家があちこちに見える。コンビニではないと60年代の映画に出てくるような古ぼけたガソリンスタンドの前を通り過ぎ、里芋畑の前でバスは止まった。  現金を運賃箱に入れて下車した。  夏の陽射しは思ったよりゆるやかで、畑の埃っぽい匂いが鼻をついた。  肉厚で楕円形をした里芋の葉っぱが見渡す限り広がっていた。この辺りは里芋の産地なのだろうかと思いつつ、手のひらで庇をつくって、遠くを眺めた。畑の稜線に赤や青い屋根が見え、その向こうには小高い丘があって、煙を吐き出す二本の煙突がそびえていた。今度は反対側へ身体を回した。それほど高くない山がふたつ、ひょうたんのように連なっているのが見えた。  視線をもとに戻し、付近を見回した。  美帆が迎えに来てくれているはずだったが、人影らしい人影はいない。  僕は無意識のうちにスマホを取り出していた。約束した相手がいないときに、連絡手段として必ず使用するツールだからだ。それがだ。  いや、待て。ここは場所。僕は悪態をつきながらスマホの電源を落とした。  僕は空を見上げる。ソフトクリームのような真っ白な入道雲がいくつも立ち込めていた。あのうちのどれかが、夕立を降らすかもしれない。  それにしてもなんて静かなんだろう。  僕の中で喧噪と静寂のコントラストが訪れている。その二つはまじりあう事もなく、光と陰のようにくっきりと線引きされていた。  ここは、ネットで検索して出てくるような田舎の風景ではない。電子機器の立ち入りをいっさい許さない聖域(サンクチュアリ)ではないのか。アニメに出てくるようなファンタジー・・・本当にあるんだ、そんな世界が。  僕はもう一度、天を仰いだ。  灰色を帯びた積乱雲が迫っていた。  驟雨の吐息を感じる。  やっばいなあ・・・こんな所で夕立に遭ったら、全身ずぶ濡れだ。僕は現実に引き戻された。  どこからともなく雷鳴が聞こえる。  そのとき、前方から短いクラクションを鳴らしながら軽ワゴン車が接近したきた。  運転席の窓から健康そうな美帆の顔が覗いた。 「これからさ、花火大会の役員さんたち用のお弁当を届けに行くところなの。ちょっと、つきあってよ。いきなりでゴメンね」
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