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何か月もブランクがあったのに、まるで昨日別れた友達みたいなノリだった。助手席にのりこむとコロッケと海苔と焼き魚の匂いがした。荷台には段ボール箱とジュースやビールの詰まったケース、スナック菓子の箱も積まれている。
軽ワゴンはやかましいエンジン音をたてながら発車した。
久々なのに、気の利いたあいさつが思い浮かばなかった。
「忙しそうだね。きょうは招待してくれて、どうも」
で、発した言葉がこれ。
「どういたしまして。凄い田舎なんで、ビックリした?」
美帆は前方を向いたまま明るい声で問うた。
「里芋畑にびっくりした。それと、美帆のその姿に」
彼女は無地のクリーム色の半袖シャツにグレイの作業ズボン姿だった。おそらく仕事着なのだろうが、ストレートに野暮ったい。かつて都会を颯爽と闊歩していた女の子とは全くの別人だ。
「田舎に馴染んでるって言いたいんでしょ」
「そうだね」
否定する理由もなかったし、僕は素直に頷いた。とりつくろった言葉を投げても、通用しないのは分かっている。
「やっぱしい?」
美帆はきゃははと短く笑った。
配達が終われば今日の仕事が終わるという。
「そのまま、宿まで案内するね。見晴らしがよくて、いい所だよ。しかも露天風呂つき」
「え、ビジネスホテルでよかったのに」
「ちぇ、夢のない男だなあ」
あいかわらず、場当たり的で当たり障りのない会話をしているうちに、前方に合掌造りの屋根が見えた。
「あれが御影町の集会所よ。瓢箪山の麓にあるの」
「ひょうたん山?」
あの連った山のことだと思った。
「普段は、神様たちの装身具を修理したり新品を売ってるお店なんだけど、大きな行事があるときは、集会所になるの。瓢箪山にはいろんな神様が遊びに来るという伝説があるのよ」
美帆が説明してくれた。
瓢箪山の駐車場はごった返していた。
軽トラやワゴン車が仕切りなしに出入りしている。紺色の制服をきたおじさんたちもぴーこらぴーこら笛を鳴らしながら交通誘導をしている。
美帆は窓から顔をだして、よくとおる声をはりあげた。
「ミカゲスーパーですが、役員さんたちのお弁当、届けに来ましたああ!」
「ご苦労さん。じゃあねえ、そこの12番に止めて! 12番!」
誘導係のおじさんが腕をグルグル回しながら指示する。
「はーい、わかりましたあ」
美帆は小気味よくハンドルを切りながら軽ワゴンをバックさせていく。
車だけではなかった。ラムネ屋と綿あめ屋ののぼり、たこ焼き焼きそば、イカ焼きの暖簾が並び、屋台からは醤油の香ばしい匂いが漂う。まだ陽は高いが、露天商たちは書き入れ時に備えているのだ。
「手伝うよ」
僕もクルマから降りた。
「サンキュウ。、実は、台車が使えないのよね」
「え?」なぜ彼女が僕を業務用の車で迎えにに来たのか、その理由がわかった。「そういうことかい」
・・・僕は急峻な石段を見上げた。山門が見える。
集会所は、山門の向こう側にあるのだった。
「百段あるよ。よ、ろ、し、く」
美帆は悪戯っぽく笑った。
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