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敵って……
どんな生活を送ったら、そんな発言が出るのか。
「欲しいものがあるなら、相手を出し抜かないと。少なくとも君が持っている清らかさや良識は捨てることだ」
それは悪魔の囁きに似ていた。
伶弥さんの言葉は今の斗翔には甘い毒のようだった。
その毒に手をだしたら、斗翔は変わってしまう。
そんな気がして怖かった。
「な、なんてこと言うんですか?斗翔はこのままでいいんです!」
「本当にいいのかな?斗翔君?」
清浄な空気の中で伶弥さんの周りだけ暗い。
まるでそこだけ影が落ちたかのように。
「―――そうかもしれない」
「斗翔!」
「帰る」
斗翔は立ち上がった。
伶弥さんが笑った。
「それがいい。もっと狡賢くならないとね」
「伶弥さん!」
「夏永ちゃん。欲しいものがある人間は強い。ただ与えられるだけの人間よりもね」
「言っていることはわかります。けど、斗翔は……」
汚れる必要なんかないと言いかけて口をつぐんだ。
今まで斗翔は森崎社長に言われたとおりに生きてきた。
それはすべて与えられてきたもので、進むべき道も環境も働く場所も用意されたものだった。
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