第5話 無心

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器具も材料も揃っている。 祖母の工房は家のすぐ隣にあって、昔は納屋として使っていた建物だった。 まだ誰も片付けに来ていなかったから、祖母が使っていたものすべてが残っていた。 白い麻のストールを何枚も取り出して洗って干した。 布は一度洗って乾かしたものを使う。 摘んだヨモギは綺麗に洗って、鍋に入れ水を加えて煮る。 「草の匂いがする」 白い湯気が頬にかかる。 エアコンをつけるのも忘れ、深い緑へ変わる水を眺めていた。 「そろそろいいかな」 パチンと火を止めてザルにあげる。 使うのはこの黒っぽい緑の液。 ヨモギを絞ってできた液に白い麻地のストールを端からゆっくりとつける。 まだ緑にはならない。 ここから漬けてこみ、それから火にかける。 その作業を繰り返す。 あとは布の色落ちを防ぐために媒染剤を選ぶ。 アルミ、ミョウバン、銅、鉄、石灰などがあるけど、このどれを選ぶかでも色が違う。 ぽたりと汗が落ちた。 「暑い……」 窓を開けて外を見ると紫陽花が見える。 それからブルーベリーの木に実がなっているのも。 おばあちゃんの庭には染色のための草木が多く残っていた。
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