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どれだけ眺めても私はもう青には染まらない。
染めた布が私の周りを囲っているから。
布だけじゃない―――黒っぽい影が目の端に入った。
「……誰?」
長身で真面目そうな男の人が直立不動で立っている。
黒髪をきっちり乱れなくセットし、グレーの作業服を着ていた。
現場監督の仕事が何かなのか、胸元にはペンを数本つけている。
その服装を懐かしいと思うのは早すぎる。
それなのに―――もうあの場所は私には遠い。
男の人は手に持っていた紙袋を差し出した。
「怪しいものではありません。納多といいます。民宿『海風』から頼まれてお弁当を持ってきました」
民宿と言われて莉叶ちゃんの顔が浮かんだ。
お隣さんって、どれだけ面倒見がいいの?
親切すぎない?
そう思った瞬間、ふらりと倒れそうになった。
あ、貧血だと思い、慌てて縁側に手をつき、自分の手を見た。
手袋しなかったせいで、指先が黒い。
何してるの、私。
倒れかけて飲まず食わずで朝から染め続けていたことを思い出した。
そんな馬鹿な自分を笑って、よろよろとしながら顔をあげた。
「……お弁当、ありがとうございます」
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