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 霊媒師   今日も今日とて私の元へ近寄ってくる人はいない。家にいては仕事が一切入ってこないから、この地域では利用者が比較的多い駅の改札口の真正面に机と椅子を置いて客を待っているというのに。初めての行いだから宣伝もせず蟻地獄方式で人が来るのを待っているのに、残念ながらそれはわたしのような底辺がやってはならないらしい。正午からここにいて、現在の時刻は六時を回ろうとしているところだった。一回千円が高すぎるのだろうか。悩みに悩んで私は机に貼ってある紙の数字をマジックペンで黒塗りして、七百円という文字を書いた。  一時間待っても進展がなかったので位置が悪いんだろうかと机を持ち上げたその瞬間、カップルらしき二人組が話しかけてきた。待望の客だった。 「あの、僕たちのことをしらべてほしいんですが、もう無理ですか?」 「あれ、君たちって」 「なんですか?」 「ここに来ようとしてた二人?」 「いや違います」  期待させていなくなった二人だと思ったのだが、勘違いだったようだ。あの時は優柔不断だな最近のガキはと軽蔑したけれど、心の中でのその発言は撤回しておこう。ガキは案外、適当に生きているものなんだろう。何はともあれ、金を払ってくれるのならありがたいことこの上なかった。机を元に戻し、私は地面に置いておいたパイプ椅子を広げて彼らが座る向きに設置した。 「どうぞお座り」  彼らはゆっくりと着席の動作をした。 「それで、二人はなんでここに来ようと思ったの?」 「それがですね、わたしの性格が初めて会った頃から変化してると彼が言うんです。でもまだ出会ってから二週間も経ってないんです」  私は普遍的に愚直にその言葉を受け取った。 「霊媒師さん、お互いを知らなかった頃と今は違うのではと典型的な反論をしそうになっているのじゃあありませんか」 「だったらこれを見てください」  よくわからないが進行の権利はあちらにあるようだった。  彼女は画面に自身の姿を表示させた。それは動画であった。二人ともほとんど声を発さずにスクロールバーだけが一定のスピードで流れていき、最後に「遊ばないで」と画面内の彼女は怒った。繕ってはいない距離感だった。私が集中を解き背もたれに寄りかかると、そこには恥じる彼女と頭を撫でる彼がいた。その光景はとてつもなく離れた場所に彼らがいるように私の眼を変えてしまった。彼女は言った。 「ほら、全然違うでしょう?これは二日目くらいに撮ったものなんですけど、わたしはわたしらしく話していると思うんです。まだわからないこともたくさんあるもんで、なんとも言えないんですけど」  その間、彼は優しくも冷たくもない目でこちらと彼女を交互に見続けていた。  この人たちはどういう間柄なのだろう。付き合っているのは間違いないとしても、どうにも変だ。何かが狂っている、しかしそれを言葉に表せない、難しい雰囲気がどよっと周りを覆っていた。そして、彼らは世間を好きに動かせるであろうほどに美形であった。若々しさと大人の毒の部分を混ぜたような危険な香りのする、だのに美を知りきっていない純情さを感じる同性。説明しきれない情緒やオーラをまとわせる、独特で爽やかな異性。改めて彼らとちびで凡庸で弱い私との違いを突きつけられた。 「とにかく教えていただきたいんです」  と彼女は言った。  毛穴から汗が出ているのを感じる。冷たくぬるぬるとしていた。怖い、そう怖いのだった。だって私は本物じゃないのだから。  私の母は特別にすごかった。嘘くさいカードを使いながら淡々と客を占う姿は気に食わなかったが、実際その占いが台本を考えていたかのように当たってゆくのだ。テレビはそういう人を見逃さない。母は街の有名な霊媒師から芸能界でごくたまに見かける霊媒師となった。ごくたまとは言ってもテレビのおかげで街までやってきてくれるものも増え、金は十分入ってきてはいたので、母は専用の部屋を借りたり、より霊力を強くするためだとかで百まで及ぶ衣装を買ったり、普通の富裕層らしい生活をした。  そして、癌とかいう病気の王様があっさり母の心臓を抜き取っていった。親戚は皆死んだかもしくは連絡が途絶えていて、唯一きてくれたのは母の同僚だった。名前はもう覚えてないけど、それはもう二人で一生懸命頑張った。全てが終わって彼女は「あんた、霊媒師やってみない?」と不可思議な提案をしてきた。霊感など微塵もなかった私はそれを否定したが、あんな天才から生まれてきた子でしょ、やってれば能力がついてくるもんよ、と抱えきれない言葉を私の周りに漂わせた。母の同僚は冗談で言ったわけではなく、早くこちらへやってきて腐って死ねという思いで私に重荷を押し付けてきたのだと今ならわかる。当時のそのころは高三でやることもはっきりしていなかったので、私は半ばギャンブルのような心持ちで霊媒師という職に挑んだのであった。  けれど、私は霊感なんてものを持ち寄せていなかった。こうして数年やっても、嘘をべろべろとしゃべるイカれた女であるという性格を保つのが精一杯だった。本物じゃないから、嘘こきだから金をせびるのだ。私はそこらじゅうにいるぼったくりと変わらないのである。 「わかりました」  了承するほかない。何故なら私はあの母から霊媒師の肩書をいただいているのだから。私は彼女の方へ首を回旋させ、息を吐いた。 「それでは、始めますね。まず、私の目をじっくりと見つめてください」 「はい」 「いいですか、何も考えないでくださいね」 「はい」 「ただ見ることに集中して」 「はい」 「そうです」   もちろん何もわかってなどいない。本物がよくやる作業をこなすだけだ。ここから私は焦り始める。 「なるほど」 「見えたんですか」 「いえ、もう少しです。次は背中を見せてください」 「それは何か意味があるのですか」 「霊は肩甲骨のあたりから出入りすると言われているんです」 「わかりました」  彼女は後ろを向いた。私は特に肩甲骨をこれでもかと凝視するも、もちろん見えるはずがなかった。  なあ、私の存在意義ってないのかい、聞いておくれよ。精神はここ最近で一番と言えるくらい壊れきっていた。私は実体としてあるわけもない打製石器的な武器を想像して創造した。それを彼女の心臓へ段々と近づけていった。死にはしないもの、私の妄想だもの。  すると、首元から大きな気配を感じた。球状の物体が右往左往して停止した。そしてはっきりと、拒否の意思を伝えられた。私に対してではなく、武器に対してであった。私はそれを消した。ついに私も見えるようになったのだろうか。興奮のあまり口が勝手に動いた。 「見え、見えましたはっきりと。いました、首の方に。実体が細かくはわからなかったのであれなんですが、おそらく人がかだったと思います」 「なるほど、性格が変わっていたのはそのせいだったんですね」 「ふむ」  と彼。 「ありがとうございます」  彼女は私へ感謝を伝えた後、かばんから財布を取り出そうとした。私はそれを止めた。 「いいんです。今日は特別に無料です」  二人は同時に眉毛を上げた。 「すみません、お金払わないでいいなんて」 「それが普通ですから。私は底辺なんで金をむしり取ろうとしていたんです」 「そうなんですか」  彼は当然だろうという顔をしたように見えた。ぼったくりされにいってくれた優しい男であった。  二人は肩が引っ付くくらい寄り添って目指す場所へ歩いていった。私は騒がしくなってきた街をよそに「どうもありがとう」と言った。聞こえてなかろうがいうことに意味があると思った。私は横を向き、ベンチが折れそうなほど深く座り込んでいるおじさんをじっと見つめた。やはり物体の概要はわからないものの、気配はなんとなく感じた。私は上を向いて伸びをした。一日の終わりを告げてくる夜に反抗して、私の能力はむくむくと成長していた。私は母になれる。私は貼ってある紙をくしゃくしゃにしてカバンに入れ、机をより一眼につきやすいところへ動かした。その行動は私の心の奥底に眠っていた自信によって起こされたものであった。
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