スタートのシグナル

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だからね、と井田くんは笑う。 「『頑張ってる宮下さん』をこんな風におやすみする時間も必要だよね。頑張って疲れたら休めばいいんだよ。何ていうか、上手いこと言えないけどさ……とにかく、宮下さんは頑張ってて偉いよ。それは認めてあげて」 「うん……。……ありがとう」 「でも夜中に出歩くのは危ないからほどほどにしなよ」 「善処します……」 「話し込んじゃってごめんね。でも、今日宮下さんと話せて良かった。深夜バイトの不安も軽くなったし、宮下さんのことも少し聞けたし。どんな人なのかなって気になってたから」 「……私も話せて良かった。井田くんってクールな印象だったからこんなにお話し出来るなんて意外だった」 「自分で言うのも何だけど、俺シャイだからさ。どう話したらいいのかわからなくて」 「今の感じでいいと思うよ」 「そっか、じゃあ大学でも頑張ってみる。……じゃあ宮下さん、気をつけて帰ってね。これからまた勉強?」 「ううん、今日は夜食食べたら寝ちゃおうかなあって」 「そっか。肌寒いからあったかくして寝なよ、おやすみなさい」 井田くんは微笑んで眠るときの挨拶をしてくれた。その表情と声音がとても思いやりと慈愛に満ちていて、それだけでよく眠れそうな気がした。こんなに心のこもった「おやすみなさい」をもらったのははじめてかも知れない。 (……井田くんともっと話してみたいし、井田くんのこと、もっと知りたい) コンビニを出た私の足取りは軽やかだった。心も信じられないくらい弾んでいる。 ――いつか「頑張ってる私」と「頑張らない私」のどちらも心からちゃんと認めてあげられたらいいな、と思いつつこれからやって来る朝に思いを馳せた。 (明日……いや今日、井田くんを大学で見かけたら、声かけてみようかな) 朝目覚めたときの天気がどうであっても、「おはよう」が、作戦開始の合図だ。 おしまい
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