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<1・たのまれる。>
パン!と甲高い音が鳴った。目の前の少女が、勢いよく己の手と手を合わせた音である。
面倒な頼みごとの気配を察知したルーサーは、うんざりした気持ちで尋ねた。
「……お姉様?今度は僕に何をさせたいんですか」
「お願い、ルーサー!私の身代わりやって!」
「……はあ?」
目の前の彼女の名前は、ルイーズ。ルーサーとまったくといっていいほど同じ顔をした、十六歳の少女だ。まあようするに、ルーサーの双子の姉というやつなのである。女性としてはやや高身長のルイーズと、男性としてはかなり細身の(自分としては非常に不本意だが)のルーサー。服と髪型さえ同じにすれば、未だに見分けはつかないだろうと言われていた。それは十六歳という年齢でありながら、ルーサーの方が悲しいほど声変わりにスルーされているからというのもあるのだが。
「嫌です」
姉の頼みごとを聴いてろくなことになった試しがない。ルーサーがきっぱりと断ると、話だけでも聞いてよお!と姉は泣きそうな声を出した。話だけで終わった試しもないから言っているのだが。
「身代わりって時点で、嫌な予感ぷんぷんです。僕が小さい頃から、姉さんのワガママにどんだけ振り回されて来たとお思いで?姉さんの方がちょっとちょっとだけ早く生まれただけでしょ、家の立場としては同等なんですがね」
ベッドに座り直して、ルーサーはため息をついた。
そもそも、ここはルーサーの部屋である。何で彼女はノックもせずに堂々と入ってきて(双子とはいえ、異性の部屋ということを忘れていないだろうか)いきなり頼みごとなんぞをしているのだろう。
勝気でガサツ、自由奔放で我儘。そんな姉は昔からしょっちゅう屋敷を抜け出しては一人で遊び回り、身代わりを僕に押しつけてきた経緯がある。嫌な習い事を代わって、抜け出すから私の代わりにベッドで寝てて、代わりに試験に出て――エトセトラ。
一応、立場上は彼女の方が家督を継ぐ予定にはなっているし(この国では、男性であろうと女性であろうと家督の相続権に代わりはないからである)、多少大人しくしておいた方が無難だと思って従って来たが。はっきり言って、そろそろルーサーも腹に据えかねているところがあるのだった。何せ、押しが強すぎる彼女の頼みを聞いて“身代わり”をやると、殆どのケースでバレて自分も一緒に叱られるからだ。こんな事を言うとアレだが、ルーサーの方が圧倒的に字も綺麗だし学校の成績もいい。顔と声でバレることはなくても、その就業状況や態度でバレることが珍しくないのである。まあ、ルーサーも彼女の乱暴な振る舞いを真似するのが嫌で、ついつい素で振舞ってしまうというのもあるのだが。
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