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綾は窓から運転手へと視線を戻した。
「夕立のあとって、ひどく物悲しい気持ちになりませんか?雨の中に心を置き去りにしてしまったかのような喪失感とでも言うんでしょうか。雨ごとさらってくれたら良かったのになぁって」
はあ。と、ため息を吐く。
「……僕は夕立に限らず雨には、何かを隠す力があるように思います。刑事ドラマなんかだと証拠を洗い流してくれる」
ミラー越しに視線を返すと、くっ、と喉を鳴らして小さく笑った。
綾は眉をしかめた。
さっきから言葉は返してくれるのだが、どうにも話が微妙に噛み合っていない。
そんな気がする。
それでも、元来、話し好きの彼女は会話を続けることにした。
「夕立と言えば、小学生のときに下校時間に空が血の色みたいに真っ赤に染まったことがあるんですよ」
先程、女の爪から剥がしたネイルチップを指先で擦る。
わずかに血が付着している。
「……血はいい。心を落ち着かせてくれる」
だらりと下に伸ばした右手は死角になっていて、ネイルチップを遊ばせている状態は彼女には見えていない。
「そのときは不気味な感じがしたんです」
今振り返ってみても不思議な光景だったと綾は思う。
あの空のことは、これから先も忘れないだろう。
それぐらいに印象的な赤だった。
「……不気味?可愛いことを言うんですね」
運転手はこもった話し方をする。
それでも何とか聞き取る。
「小学生のときの感想ですよ」
不気味と表現はしたが、それは昔のことだ。
だから否定の言葉をのべた。
「今なら多分、美しい赤って表現するんだろうなって」
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