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雷が鳴っているかと思ったら、あっという間に雨が降りだした。夕立だ。
すぐに止むと思われたが、激しさを保ったまま降り続けている。
得意先に向かうときは晴れていたのにな。
と、綾は心の中でぼやく。
彼女はビルの屋根のあるところで雨宿りをしていた。
鞄にしまってある書類のことを思う。
濡らして社に戻るわけにはいかない。
上司の怒る顔が浮かんできて、うんざりする。
傘を買うにも近くにコンビニが見当たらない。
バスの時刻はまだだ。
このまま止むのを待とうか。
いや、駄目だ。
綾の上司は少しの遅刻も許さない人間だ。
途方に暮れていたところに、タクシーが気持ちゆっくりめに走ってくるのが見えた。
綾は鞄を抱き抱えるようにして車道に向かって走った。
手を挙げる。
不躾な視線を向けられて、一瞬ムッとする。
雨で濡れている客は嫌だってこと?
そうだとしたら、最悪なタクシーをひろっちゃったな。
それでも、何とか笑顔を作って乗り込んだ。
「運転手さんは夕立をどう思いますか?」
行き先を告げたあと、そう口にした。
「私は、一瞬を切り取った世界だと思うんですよ」
ミラー越しに目が合うと口元を歪めながら、うなずいた。
「……切り取るというのは素敵な表現方法じゃないですか」
運転手の声はとても小さく、聞き取りづらい。
そんな綾に気づいたのか、彼は同じことをもう一度、言った。
「そうですか?嬉しいです!暗くなったかと思ったら、ざっと雨が降ってすぐにいなくなってしまう」
タクシーの窓から外を見ようとしたが、土砂降りの雨のせいで景色がよく見えない。
「……暗いのは仕方ないです。そういうものなんだからと割り切ってくれないと。治しようがないんですから」
ポツリと呟く言葉は、雨の音にかき消される。
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