5人が本棚に入れています
本棚に追加
傘
改札を出た瞬間、それまで晴れてたのが嘘だったかのように、バケツをひっくり返したような大雨が降り出した。
念のために折りたたみ傘を持ってきてよかった。
鞄の底を探る。
僕の横を、サラリーマンが横切る。頭を鞄でカバーして、諦めたように走っていく。
反対側の側面では、おばさんが電話していた。
「急に大雨が降りだしちゃって……うん、迎えに来てちょうだい」
その奥に、僕と同じ歳くらいの、制服を着た女の子がいた。空を見上げながら雨宿りしていた。
傘、持ってないのかな。
雨の音と匂いが僕を惑わしたのかもしれない。その子が虹のように綺麗に見えた。
僕に勇気があれば……。
『傘、どうぞ』
なんて、言えるわけないない。名前も何も知らない女の子だぞ。僕なんかが話しかけても無視されるだけだ。
さりげなく、無言で傘を渡そうか。
……。
いやいや。傘を渡して、僕は濡れて帰るのか、おかしいだろ。
彼女の家の方向も一緒とは限らないし、『一緒の傘に入りますか』、なんていきなり言われても迷惑だよなー。
なんと言っても、人目が多い。
ナンパ失敗だと陰口を叩かれそうだ。
別にナンパってわけじゃない。困ってる子がいたから、助けたいと思っただけだ。……と、自分に言い訳をしてみた。
女の子が腕時計を見る。
このままだと、濡れるのを我慢して、雨の中を帰ってしまう。
声をかけよう。断られたっていい。
鞄から折りたたみ傘を出し、近づいた。
緊張で吐きそうになった。心臓が飛び出しそうだった。
「あ、あのー」
「え」
女の子がびっくりして、目を大きくする。
「よかったら、傘……」
彼女の頭に傘を差しだした。
「え……」
女の子が僕のことをまじまじとみる。
時が止まったようだった。
ふと、背後からOL二人組の声が聞こえた。
「ちょうど、雨止んだね」「うん、ラッキー」
は……。
顔を上げると、雲間から太陽が覗いていた。さっきまでの大雨はすっかり止んで、雨の雫に陽光が輝いていた。
しまった。夕立だったか。
自分の顔がパッと赤くなるのが分かった。
「あ、あ、……ごめんなさい。もう、雨、止んでましたね」
傘を引っ込めようとしたとき、彼女に傘の柄を掴まれた。
「傘、入れてくださいっ!」
「え……でも、もう雨は……降ってないけど」
「日傘代わりにお願いします」
晴れやかな、眩しい笑顔で彼女は言った。
(了)
最初のコメントを投稿しよう!