悲劇の勇者と名無しの聖女

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「今日のご飯は何が良い?」  カルラさんの声にホルガーさんとリタさんが同時に手を挙げた。 「俺は肉だな!」 「あたし魚が食べたい!」  一瞬静まり返って、次の瞬間にはいつものが始まる。 「ちょっとホルガー!今日は順番的に魚でしょ!?」 「はぁ!?今日はすげぇ動いたんだから肉に決まってんだろ!!」  掴みかからんばかりに言い争う二人を横目に、カルラさんが買い物に行く準備を始める。 「カルラさん、私も行きます」 「ありがとう聖女様。助かるわ」  相変わらず優しい微笑みで頭を撫でてくれる。お母さんがいたらこんな感じなのだろうか。そんなことを考えていた私の横に勇者が並ぶ。 「俺も行く」 「あら、クリスも来るなんて珍しいじゃない。……もしかして心配してくれた?」  この辺治安悪いものね、と。朗らかに笑ったカルラさんから視線を逸らした勇者は、あいつらがうるさいだけだと言い訳がましく呟いた。  本当、素直じゃない。カルラさんと顔を見合わせて、声を出さないように笑った。 「あそこで卵買って、その隣でお肉買いましょ」  市場を回って、安くていいものを次々と買っていく。人数が多いし、皆たくさん食べるから消費量が尋常じゃないのだ。  段々と増えていく荷物を抱え直して、勇者とカルラさんの間を歩く。 「人が沢山いるのは未だに慣れません」 「……神殿は限られた人しか入れないって聞くし、人の数が少なそうね」 「少ないですね。まぁ、私が人と顔合わせる機会が極端に少なかったこともありますが」  顔を合わせる人なんて、今も黙って少し後ろを歩く侍女と神殿や国の上層部の人、後は世話をしてくれる人達だけ。その人達とも必要最低限の関わりしかなかった。両親もいないから、愛情と言うものをもらった記憶もない。 「……私、ずっと寂しかったんだと思います。だから今、こうやって皆と旅ができるのが嬉しい」  ころりと出てきた言葉は聖女として相応しくないだろう。侍女に向けられた視線の鋭さを見れば分かる。それでも口から言葉は零れ出て行く。 「もし家族が出来たら、一緒のベットで眠りたい。お休みって言い合ってから眠って。目が覚めたらおはようって笑い合って、一日が始まるんです。そんな風にすごせたら、きっと幸せだと思って」  一生叶わない願いだ。分かってはいるけれど、夢を見るくらいは許してほしい。 「素敵ね!」 「……あぁ。お前ならきっと、そんな幸せを手に入れられる」  そっと頭を撫でられて。温かい笑顔を向けられて。  ずっとこんな日々が続けばいいと、いるかも分からない神様に願った。
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