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「なんでっ!?なんでよぉっ!!」
泣き叫ぶリタさんの声が遠くに聞こえる。
何か言わなければなければと思うのに、喉が引き攣って声にならない。
手についた泥と血は、土砂降りの雨ですら落としてくれずにこびり付いたままだ。
現実が受け入れられなくて。受け入れたくなくて。必死に現実逃避をしようとしても。
視界に飛び込んでくるおびただしい量の赤色が、非情な現実へと引きずり戻す。
……カルラさんが死んだ。
いつも通り、魔物を討伐しながら歩いていた。山にだって数えきれない程登ったし、その途中で雨に振られたことだって何度もある。
誰かの調子が悪かったわけでも、判断を誤ったわけでもない。私達はいつも通りだった。
いつもと違ったのは魔物の数だけだった。
休む間もなく襲ってくる魔物を倒しながら山を下っている途中。狼型の魔物の集団に囲まれた。それでも私達の脅威にはなり得ない、はずだった。
本来、魔物を浄化できる魔力を持つ私は、真っ先に狙われる。
それなのに魔物が向かったのは侍女で。その侍女はぬかるみに足を取られてバランスを崩した所だった。
一瞬だった。
魔物の牙が。爪が。侍女をかばった、カルラさんを。
「カルラさんっ!」
悲鳴のような声を上げたのは自分か、他の人か。それすら判別できなかった。
倒れ込んだカルラさんを追撃しようとする魔物を蹴散らして、血に染まる身体に縋りつく。
「カルラさん!カルラさんっ!」
どれだけ呼びかけても、その目は硬く閉ざされたまま。
カルラさんは、死んでしまった。
「……カルラは、置いて行く」
聞こえてきた声に反射的に顔を上げる。
「クリス、あんたそれ本気で言ってるの!?」
勇者に食って掛かかるリタさんをホルガーさんが宥めている。それを見つめる。
「……分かってくれリタ。僕達だって、カルラを置いて行きたくはないんだ」
ジークさんの説得もリタさんには届かない。
「カルラは大事な仲間なのっ!嫌よ、こんなのっ……!ねぇ、聖女様なら分かるでしょう!?」
涙にぬれた、救いを求める目が私を映す。
頷いてしまいたい。カルラさんと離れたくないのは私も同じだから。
でも、出来ない。震えてしまわないようにきつく拳を握って、リタさんを真っすぐ見つめ返す。
「……先に進みましょう。カルラさんなら、きっとそうすることを望むはずだから」
ここで止まったら、カルラさんに怒られちゃいます、なんて笑ってみせる。気を緩めれば動けなくなってしまいそうな自分を抑え込んで、必死に立ち上がった。
「聖女の言う通りだ。俺達は前へ進む。…………リタ、俺を恨め」
この山を越えて行こうと言ったのは俺だから、と。仲間を守り切れなかったのは俺の責任だから、と。淡々とした口調とは裏腹に、勇者の手は震えていた。
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