悲劇の勇者と名無しの聖女

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 私と勇者、ジークさんに侍女。四人だけになって、一年が経つ。  命からがら逃げきって、暫く休息を取って。また、前に進んだ。皆の思いを無駄にしないために、立ち止まりそうな足を動かし続けて。  そして私達はようやく、魔王がいると言われる場所に辿り着いた。 「……え、?」  魔物を自在に操れる悪の根源。私達の敵。  どれだけの数の魔物が待ち構えているのだろうと。どれだけ過酷な戦いなるのだろうと。最悪な可能性も全て考えて、覚悟して。そんな私達の前に現れたのは。 「どういうこと……?」  朽ちて、崩れかけている屋敷だった。 「大きさからして貴族のお屋敷だと思うんですが、ここに魔王が?」  とても信じられない。  混乱して、ジークさんと顔を見合わせていれば。  私達を置いて、勇者はただ真っすぐ進んでいく。  元は庭園だったであろう場所を抜けて、玄関らしき前に立つと、ゆっくりと振り返って。 「ようこそ。我がハインミュラー家へ」  無理に押さえつけたような声で、そう言った。 「な、なに言っているんですか。冗談言ってないで、一緒に魔王を探しましょう……?」  笑い飛ばそうとしたのに、滑稽なくらい声が震えている。  勇者に駆け寄って腕を掴むも振り払われた。 「残念ながらその魔王は俺だ。言っておくが、手加減なんてしない。俺はお前らを殺す」  剣が引き抜かれても、私は動けない。  頭が付いて行かない。理解したくない。  勇者の優しい眼差しが。温かな手が。不器用な優しさが。幸せな思い出が。私を縛って動けなくさせる。  振り下ろされる剣を見ながら。いっそこのまま、ここで殺された方が楽なんじゃないか。そんなことが頭をよぎった。
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