お母さんのホットケーキと隠し味

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お母さんのホットケーキと隠し味

 僕のお家はお友達のお家と少しだけ違うんだ。  お友達にはおとうさんがいるんだけど、僕にはいないんだ。  お友達は、お休みの日には遊園地や水族館に出かけるみたいだけど、僕はおかあさんんと二人で近くの図書館に行くんだ。  クラスのお友達が言っていたんだけど、僕ん家みたいな家族を『貧乏』って言うんだって。だから、僕ん家は貧乏だ!って言っていたら先生に怒られた。  先生はどうして怒るのかな?  先生は僕のおかあさんが悲しむからそんな事を言ってはいけませんって言うんだ。  なんで、僕のおかあさんが悲しむの?  僕には分からないことがたくさんあるから毎日が忙しいんだ。  でもね、今日だけはそんなこと忘れていられる。だって、今日は年に一度の僕のおたんじょうび。  僕のおたんじょうびは、白くて甘いホイップののったふわふわケーキが食べられる。  そして、僕の大好きなヒーローのお人形をおかあさんが買ってくれるんだ!  ゆいとくんはケーキとヒーローのお人形が楽しみで仕方がありません。  学校でのお勉強中にも頭の中ではケーキとヒーローのお人形のことばかり。  学校が終わり、ゆいとくんは大急ぎで家に帰りました。  風のようにはやく、ビューン。ビューン。と走りました。  家に着くと、ゆいとくんはランドセルを背負ったまま、おかあさんのいる台所へ行きました。 「ただいま!」 「お、お帰りなさい」  ゆいとくんのおかあさんの様子がどこかおかしいようです。けれど、ゆいとくんは気にすることもなく言いました。 「おかあさん。マスクマンのお人形ある?」  マスクマンとは、ゆいとくんが楽しみにしていたヒーローのお人形の名前です。  今日一日は、ケーキとマスクマン人形のことで頭がいっぱいだったのですから、もう待ちきれないのでしょう。  目をキラキラとさせるゆいとくん。  そんなゆいとくんにお母さんは言いました。 「ごめんね、ゆいと。今日はお金がなくなっちゃってお人形買えないの…」 「え、なんで?なんでお金が無いの?ケーキは?ケーキも無いの?」  悲しそうな表情を浮かべるゆいとくんをみて、おかあさんは「ごめんね」と謝りました。  でも、おかあさんはゆいとくんのためにケーキだけはなんとか作りました。  お店で買うケーキじゃないので白く甘いホイップやふわふわのケーキではありません。ホットケーキを重ねて作った、お母さんお手製のケーキです。  メープルシロップとバターがトッピングされていました。  おかあさんはケーキを冷蔵庫から出すと、机の上に置きました。 「ゆいと。おかあさんお手製のケーキでも食べようか。お人形もなるべく早く買ってくるから…ね!」 「早くっていつ?今日の夜?それともあした?」  お母さんは困りながらも優しく言いました。 「明日はまだお金が無いから、もう少しだけ待っててもらえる?だから、ほらケーキ食べちゃおう!」  おかあさんがケーキを取り分けていると、ゆいとくんが呟きました。 「嘘つき。おたんじょうびの日はお人形くれるって言ってたのに!嘘つき!何が、ケーキだ、ただのホットケーキじゃないか!」  ゆいとくんは目に涙を溜めたままケーキの乗ったお皿をひっくり返してしまいました。すると、おかあさんはゆいとくんを怒ります。 「せっかく作ったのに、なんてことするの!」  おかあさんの怒鳴り声にゆいとくんは驚き、泣き出してしまいました。  うぇーん。うぇーん、と。  そして、泣きながらも怒っていたゆいとくんは大声で言いました。 「悪いのは僕じゃない。おかあさんの嘘つき!貧乏な家なんて大嫌いだ!お母さんなんて大っ嫌いだ!」 「ゆ、ゆいと」おかあさんはとても悲しそうです。  けれど、ゆいとくんは怒っているのでおかあさんの悲しそうな表情がわかりませんでした。 「嘘つきなお母さんなんて、出て行っちゃえばいいんだ」  ゆいとくんのその一言がお母さんの胸に強く刺さってしまいました。  ケーキとマスクマン人形が買えなかったことを一番残念だと思っているのはおかあさんの方です。だからこそ、わざわざケーキを作ったのです。たとえ、ふわふわのケーキでないとしても、そのケーキはどのケーキにも負けない美味しさのはずなのに。  ゆいとくんにはお母さんの気持ちが伝わらず、おかあさんは悲しい気持ちでいっぱいになって、出て行ってしまいました。  そんなおかあさんのことなど、知らんぷりでゆいとくんはうぇーん、うぇーんと泣き続けました。  しばらく経って家のドアがコツコツとなり始めました。  ゆいとくんは怖くなってうずくまったままです。すると、ドアが開きました。  やってきたのは近所のおばさんでゆいとくんはホッとしました。  近所のおばさんは家にやってくると、大急ぎでゆい兎くんの手を引きました。 「ゆいとくん、ママが大変なの。早く行くわよ」 「いい、行かない。嘘つきなお母さんなんて知るもんか!」  拗ねているゆいとくんを近所のおばさんは無理やり連れ出すことにしました。  そして、車に乗ったゆいとくんは近所のおばさんにききました。 「どこに行くの?」  すると、近所のおばさんはゆいとくん目を見て答えました。 「ゆいとくんママがね、倒れてしまってね。今、おばさんたちはゆいとくんママのいる病院に向かっているのよ。でも、ゆいとくんママは大丈夫だから心配しなくていいのよ?」  近所のおばさんはゆいとくんに心配をかけさせないように、ゆいとくんママが無事であることを伝えました。けれど、ゆいとくんにはもう聞こえていません。 「僕の…僕のせいだ」  病院に着くと、ゆいとくんと近所のおばさんはゆいとくんママのいる病室に案内されました。  病室に入ると、お医者さんがゆいとくんに言います。 「ママね、少し頑張りすぎちゃったみたい。あさってにはお家に帰れるから、ママのことよろしくね」  お医者さんにそう言われたゆいとくんは「うん」と言い頷きました。  ゆいとくんはしばらくの間、眠っているおかあさんの手を握っていました。 「おかあさん、ごめんね。僕が悪い子でごめんね。僕、もっといい子になるから早く元気になってね…」  病室でのゆいとくんは大きな声で泣くことはありませんでした。けれど、ゆいとくんのまんまるい目には涙が行ってき浮かんでいます。  僕が泣いてしまえばおかあさんは休めない。だから、僕はないちゃダメなんだ。  大嫌いなんて言っちゃったけど、僕はお母さんが大好きだから。  いつまでも泣き虫じゃおかあさんが休めない。  そして、近所のおばさんに「そろそろ帰りましょうか」と言われて僕はお母さんの手をはなした。  近くにおかあさんがいない夜は初めてで、さみしい。  それでも、おかあさんに安心して休んでもらうために僕は元気一杯の声でいうことにしました。 「おやすみなさい、おかあさん」  病院を出たゆいとくんと近所のおばさんは、おばさん家に泊まるゆいとくんの歯磨きや洋服を取るために、一度ゆいとくんちによりました。  近所のおばさんはゆいとくんちのタンスからゆいとくんの服を探していました。  ですが、肝心のゆいとくんはひっくり返してしまったケーキをじっと見ていました。  そして、近所のおばさんが一通りの服を手に持つと「じゃあ、おばさんち行こうか」と言いました。  でも、ゆいとくんは動こうとしません。 「おばさん、待って。ちょっと待って」  そう言ってゆいとくんはひっくり返したケーキを机の上のお皿にのせました。  両手を合わせて、ケーキを手で食べるゆいとくん。その姿を近所のおばさんは微笑んで見ていました。  ゆいとくんはパクリとケーキを一口食べて驚いていました。  口に入れた瞬間に甘さが広がり、ほっぺたが落ちてしまいそうなくらい幸せな気持ちになりました。  ふわふわのケーキじゃないけれど。  白くて甘いホイップはないけれど。  形の崩れたおかあさんお手製のケーキは世界で一番美味しいケーキでした。  残さず食べたゆいとくんは涙ながらに言いました。 「おかあさん。美味しいおたんじょうびケーキをありがとう。ごちそうさまでした」  そして、ゆいとくんは近所のおばさんのお家に行きました。  ゆいとくんのおたんじょうびから二日がたち、今日はおかあさんの退院する日です。  近所のおばさんがお迎えに行っている間、ゆいとくんはお家でお留守番です。  ゆいとくんのおかあさんは近所のおばさんに送ってもらい、お家に帰ってきました。 「ゆいと、ただいま〜」  ゆいとくんのおかあさんがリビングのドアを開けると、部屋中にキラキラなデコレーションがされていて、ゆいとくんが恥ずかしそうに立っていました。  ゆいとくんは「はい」と言いおかあさんに紙を渡しました。  そして、顔を上げたゆいとくんは満面の笑みで言います。 「この前はわがまま言ってごめんなさい。僕ね、お母さんの作ってくれたケーキ食べたよ!凄く美味しくて全部食べちゃったよ!」 「ゆいと…」  お母さんお目には涙が溜まっていました。 「この手紙はね、お母さんの分のケーキも食べちゃったから、そのお礼のお手紙」 「読んでもいい?」 「うん」 『大好きなおかあさんへ。 この前は大嫌いなんて言ってごめんなさい。 おかあさんにひどいことを言っちゃったけど、僕はおかあさんがいなくなると悲しいです。 おかあさんが元気じゃないと嫌です。 ケーキもマスクマン人形もいりません。 だから、ずっと僕と一緒にいてほしいです。おかあさんの作ったケーキが次のおたんじょうびでも食べたいです。 早く元気になってね。ゆいと」  おかあさんは手紙を読み終えるとすぐにゆいとくんを強く抱きしめた。 「ごめんねはおかあさんの方だよ。いつもいつも我慢させてごめんね、ゆいと」 「もう元気?」ゆいとくんの目は少しだけうるんでいるようです。 「うん、お母さんはもう元気だよ」 「もう、いなくなったりしない?」ゆいとくんの目から涙が、ポツリ、ポツリと落ちました。  お母さんもゆいとくんの質問に涙ながらに答えました。 「ゆいととずっと一緒だよ。どこにもいかないよ」  ゆいとくんは大好きなお母さんに抱かれながら、「うん、うん」と何度もうなずいていました。  そして、一通り泣いたゆい兎くんとお母さんは晩御飯を食べていました。  その時、ゆいとくんは気になっていたことがあるようで、お母さんに尋ねました。 「お母さんが作ってくれたケーキっていつものホットケーキだよね?今まで食べてきたどのケーキよりも美味しかったんだけど、なんで?」 「うふふ、そうね。ゆいとのおたんじょうびだから隠し味を入れてみたのよ」 「えー、何入れたの?」 「うーん。じゃあ、特別にヒントを出してあげるね」 「やった!」 「ヒントはね、おかあさんやゆいと。それに近所のおばさんや学校のお友達。みんなにとって大切なものだよ」 「え!何それ!」  おかあさんお手製ケーキの隠し味は、結局秘密のまま。  だって、そうでなくちゃ隠し味ではなくなってしまうからね。
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