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「だから、雨の……クシュッ」
主語を置き去りにしていたことに気づいて口を開くと、くしゃみが出た。
「ほら、やっぱり。すぐに乾かさなきゃ」
背伸びをした彼女が、僕の髪に触れる。
「ああ、うん。そうだね」
「あ、あの?」
ふわりと花の香りが漂い、僕は思わず彼女の手首をつかんでいた。
「ごめん、つい」
「……ううん」
すぐに手を放したけれど、彼女の頬はみるみる朱に染まった。
なぜか、僕の顔も熱い……
訪れた沈黙が、バタバタと傘に落ちてくる雨の音を際立たせる。
あたかも心臓の鼓動とリンクしているように。
拍手喝采か、この世の終わりみたいな雨音だ。
聞くときの心境によって、受ける印象が変わるのなら。
今の僕は――前者なのかもしれない。
何かが、始まる予感がした。
「隣駅だけど……私の家で、雨宿りする?」
遠慮がちなのに大胆な言葉を生み出す、薄紅の唇を眺める。
「………」
初対面の人に口説かれることは慣れていた。
僕にはドイツの――母方の祖父の血が流れているからか、男女問わず声を掛けてくる人は一定数存在する。
断ることもあるし、受け入れることもある。
どれも長続きはしないけど。
でも、今回はいつものように余裕は持てなかった。
「あの……嫌ならそう言って?」
「嫌なわけない」
恥ずかしそうに目を伏せる彼女に、僕は慌てて首を左右へ振った。
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