めぐる季節のアプラオス

2/6
前へ
/6ページ
次へ
「だから、雨の……クシュッ」    主語を置き去りにしていたことに気づいて口を開くと、くしゃみが出た。 「ほら、やっぱり。すぐに乾かさなきゃ」  背伸びをした彼女が、僕の髪に触れる。 「ああ、うん。そうだね」 「あ、あの?」  ふわりと花の香りが漂い、僕は思わず彼女の手首をつかんでいた。 「ごめん、つい」 「……ううん」  すぐに手を放したけれど、彼女の頬はみるみる朱に染まった。  なぜか、僕の顔も熱い……    訪れた沈黙が、バタバタと傘に落ちてくる雨の音を際立たせる。  あたかも心臓の鼓動とリンクしているように。  拍手喝采か、この世の終わりみたいな雨音だ。  聞くときの心境によって、受ける印象が変わるのなら。    今の僕は――前者なのかもしれない。  何かが、始まる予感がした。 「隣駅だけど……私の家で、雨宿りする?」  遠慮がちなのに大胆な言葉を生み出す、薄紅の唇を眺める。 「………」  初対面の人に口説かれることは慣れていた。  僕にはドイツの――母方の祖父の血が流れているからか、男女問わず声を掛けてくる人は一定数存在する。  断ることもあるし、受け入れることもある。  どれも長続きはしないけど。  でも、今回はいつものように余裕は持てなかった。 「あの……嫌ならそう言って?」 「嫌なわけない」    恥ずかしそうに目を伏せる彼女に、僕は慌てて首を左右へ振った。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加