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2019年末から広まった新型コロナウィルスは、世界を一変させた。
当時中学生だった私の修学旅行はなくなり、放課後や休日に友達と遊ぶことも少なくなった。
進学する高校を選ぶとき、「将来何にないたい? 」と先生に質問された。将来なりたい職業を見据えて高校を選びなさいって。
自分の将来が見えない子もいる。私もまだはっきりしていない。
勉強は得意じゃない。だけどしたいことも見つからない。目指す場所も好きなことも分からないまま、私たちが暮らす世界は、急に小さくなってしまった。
沙理の言う、「私たちだけのせいじゃない」ってのもわかる気がする。
「メイクしてあげる。雫肌きれい。ニキビもないね。ビューラー使える?」
沙理は、手際よく私の顔にパウダーをのせた。
ビューラーなんて中2のお祭りで1回使ったくらい。お祭りも買い物にも行かなかったから、メイクをしようとも思わなかった。
「え、コレどうするの? 私、まつ毛短いのかな。全然はさめないんだけど!」
「貸して。」
ビューラーを手に、沙理が器用に私のまつ毛を持ち上げた。こちらを覗きこんだ沙理の顔が近すぎて戸惑う。誰かと1m以上離れることに慣れてしまったから。
小さな鏡をテーブルに置いて、顔が変わっていくのを見ている。弱気な私が小さくなり、いつも隠れている私が現れる。
「眉は、このままでもいいかな。あとはリップ!」
沙理も楽しそうだ。絵の具のような透明チューブから、ピンクのジェルを小指に取り、私の唇をなぞった。
「真ん中を濃くすると、小鳥みたいで可愛いんだよね。こんな感じ、どう?」
「うんいい感じ、たぶん。見慣れないから、違和感あるけど。」
「雫、可愛いよ。チューしたいくらい。」
「してして!」
ふざけて私は口をとがらせた。
冗談なのか、少し妖しげな沙理の顔が近づいて、「その顔やめてー!」と沙理を押し返した。
「つまんない。」
沙理が口をとがらせた。
「ね、着替えて、出かけない?」
「どこに?」
「オレンジバーガーがいい。」
「沙理、着替え持ってないよね?」
「それがぁー、持ってるんだなぁー。」
「え、なんで? 今日どっか行く予定だった? ……デートとか?」
「デートじゃ、ないよ。」
沙理は、きっと私よりオトナだ。目をそらした横顔がそう言っている。
夕方5時半をすぎた頃から、何度も鳴っている着信通知を見ようともしない。
「着替えて、オレンジバーガー行こーう! 」
「行こ、行こ!」
私は母親に、今日は夕飯いらないとメールを打った。
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