8. 兆し

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8. 兆し

 足と目を失ったアニーお嬢様とロッテお嬢様 ――  自邸に戻ったあと、ママ母のふたりへの扱いは、ひどいものだった。  地下室への軟禁である。  外聞をはばかったのと、壊れた人形に用はないのと。理由はそんなものだろう。  彼女にとって今や娘たちは、ストレス解消用に、なぶるための玩具だった。  それでもふたりは、ごくたまにママ母に会えば、 「お母様がお元気そうで良かった」 などと嬉しそうにしているのだ。  もういい加減、目を覚ませ、と言いたい…… だが、それは、真に愛されたことのないお嬢様方には、難しいことなのかもしれない。 ―― ちなみに、エラと王子の結婚後、ママ母は……  『王子妃の母』 として、権勢をふるっていた。  義姉たちにはしっかり復讐しておきながら、なぜエラがママ母だけを許したかといえば、 『強い後ろ楯』 を得るためである。  王子妃として、一番の後ろ楯である実家が弱いのは、周囲からナメられる原因だ。  『王子妃に何かあったら、実家が黙っちゃいない』 という印象を周囲に与えるためにも、『実家の顔』 として振る舞える存在が必要 ―― それが、ママ母だったのである。  ひどい話だ。  私は諜報部員として、隣国にせっせと情報を送り続けた。  国内では、無駄な舞踏会ほか数多の浪費で国庫が切迫していること。  次々と値上げ・追加される税金に、庶民たちの不満は爆発寸前であること。  昨年の不作により、小麦の需給が逼迫して品薄になっている上に、食品価格全般が高騰しているのに、貴族の館では、大量の食糧が無駄遣いされ、捨てられていること。  バカ王子の 『真実の愛』 のせいで全てを奪われても、なお、健気なふたりのお嬢様のこと。  ―― 隣国がついに腰を上げたのは、秋も深まったある日のことだった。  隣国はこれまで、私ほか複数の諜報部員を潜らせて、この国を虎視眈々と狙ってきたのだ。  出撃が決まったので引き上げよ、との命令がくだり、私は隣国に逃げる際にお嬢様ふたりを連れて行くことを、即座に決めた。  あとはお嬢様方の説得……  もし無理なら、薬で眠らせて使用人の協力を得て、運んでしまおう。  アレコレの出来事にウンザリしている使用人も、お嬢様方に同情している使用人も、この家には、たくさんいるのだから。  私は逃亡準備のかたわら、お嬢様方の説得を始めた。
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