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八月のよく晴れた暑い日の昼下がり、秩父山系のはずれにあるその小さな自然公園は、夏休みを満喫している大学生のグループでにぎわっていた。
山の斜面の下、川に面した平坦な場所が広がり、木材と太いロープで組まれた大人も遊べる遊具が多数設置されている。
男女3人ずつの大学生たちは、綱渡り、バドミントンなど思い思いの遊びに興じていた。
不意に、山の中としても涼しい風が吹きつけ、肌感覚でもはっきり分かるほど気温が下がった。
彼らが空を見上げると、黒い大きな雲が頭上に見る見る広がっていた。男子学生の一人が言った。
「おい、こりゃ、一雨来るんじゃねえ?」
女子学生の一人が応じる。
「ほんとだ。宿に戻る?」
次の瞬間、バリバリとすさまじい雷鳴が辺りに響き渡った。もう一人の男子学生が空を見上げながら言う。
「いや、へたに開けた場所歩いたら、かえって危ないかもしれないな。雨宿りした方がいいんじゃないか?」
彼らが公園の中を見回すと、ちょうど一本の大木の陰に休憩用のベンチがあった。東屋のように屋根もついている。
ポツポツと大きな雨粒が落ち始めた。学生たちは走って東屋風のベンチに向かった。
ザッと激しい雨が降り始めた。雨粒の軌跡がはっきりした線に見えるほどの大粒の雨が辺りの地面に突き刺さるように降りしきる。
男子学生の一人が言う。
「うわ、すごい降りだな。どうする?」
女子学生の一人が空を見上げながら言う。
「あっちの端の方の空は雲がないから夕立だよ、これ。しばらく待ってればやむんじゃない」
彼らはしばらくスマホでゲームをしたり、SNSを見たりして時間をつぶした。30分と経たないうちに雨が小降りになり、辺りに陽が差し始めた。
女子学生が掌を屋根の外に差し出しながら言う。
「もうやむよ。やっぱり夕立だったんだ」
やがて完全に雨は上がり、晴れた空が戻って来た。山の稜線の上に虹がかかっているのを見つけて、女子学生3人が騒ぎ始めた。
「見て見て、虹よ!」
「うわあ、くっきりした虹。東京じゃ見れないよね、こんなの」
「あれバックに写真撮ろうよ」
女子学生の一人が男子学生の一人に自分のスマホを渡し、女子3人が横一列に並んで虹を背に立つ。
スマホを構えた男子学生がカメラの位置を調整し、まず1枚撮影する。彼は女子学生たちに言う。
「もうちょっと真ん中に寄れない? そうそう、じゃあ、撮るよ」
スマホのシャッター音が一度鳴り、その男子学生はスマホを持つ両手をだらんと下げた。その顔は真っ青になっている。
もう一人の男子学生がひきつった声で女子学生たちに呼びかける。
「お、おい……後ろ!」
「え?」
彼女たちがきょとんとして背後を振り返り、そして空気を裂くような悲鳴を一斉に上げた。
彼女たちの真後ろに、彼女たちの背よりはるかに高く、太い棒状の物が立ち上がっていた。その先についた眼が不気味に光る。
後ろ向きにその巨大な生き物から遠ざかろうと足を動かした3人の女子学生に向かって、その長い首の先の口から、ピュッと液体が吐き出された。
その液体は野球ボールほどの大きさの玉になって、3人並んだ真ん中の女子学生を直撃し、両脇の二人もその飛沫を浴びた。
「逃げろ! 走るんだ!」
男子学生の叫び声で我に返った女子学生たちは走り出そうとしたが、液体の玉の直撃を受けた者だけが、足をもつれさせその場に倒れこんだ。
他の二人の女子学生もフラフラした足取りになり、それでも男子学生たちの所へやっとたどり着く。
地面に倒れた女子学生の体にその巨大な長い首が覆い被さり、大きく開いた口が女子学生の体にかみつき、痙攣しているその体をそのまま木陰の奥に引きずり込んだ。
残った5人の学生たちは、恐怖の悲鳴を上げながら麓に向かって駆けて行った。夕立の名残の水玉があちこちで木の葉や草の先からぽつりぽつりと落ちる中、辺りは何事も無かったかにような、静寂に包まれた。
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