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帝都理科大学の渡教授はスマホの送話口に向けて「はあ?」と戸惑いの声を放った。
「そりゃ正体不明の巨大生物となれば、生物学者の君の出番なのは分かるが、なんで私がそんな調査につきあう義理があるんだ? 私の専門は地震学だぞ」
電話の相手は同じ大学の新進の生物学者、遠山准教授だった。まだ30代で学生と間違えられる事もある彼は、先輩である50代の渡の言う事など意に介さない無邪気な口調でまくし立て続けた。
「先生は地質学の知識も持ってるでしょ? その知識を貸して欲しいんですよ」
「いや、それは確かにそうだが。しかし、警視庁の刑事に協力しろとは、どういう……」
「とにかくこれから、その刑事さんと一緒に伺いますから。30分ほどで着きます。じゃあ、よろしく」
「おい、待て……ありゃ、切りやがった。人の話なんて聞いちゃいない。学者馬鹿という言葉を絵に描いたような男だな、まったく」
きっちり30分後、渡の研究室のドアがノックされた。渡が「どうぞ」と言う前に遠山がドアを開けて、楽しくて仕方がないという表情の童顔をのぞかせた。
「渡先生、刑事さんをお連れしましたよ」
渡は白い毛が混じったあごひげを掻きむしりながら苦々しく応える。
「まだ、協力するとは言っとらんぞ!」
遠山は全く気にしていない様子で、背後の人物を部屋に招き入れた。
「どうぞ、こちらです」
カツカツという甲高い靴音を立てて入って来た人物を見て、渡は一瞬目を丸くした。まだ若い女性だったからだ。
身長こそ渡と同じぐらい高いが、細身の三十歳になるかならないかという見かけだ。暗い色のパンツスーツに身を包み、髪はボブカット、切れ長の目をした、なかなかの美人だ。
「突然押しかけて申し訳ありません。警部補の宮下と申します」
彼女が差し出す名刺を受け取りながら、渡は口には出さずに感嘆の言葉をつむいだ。
「この若さで警部補か。キャリアだな。エリートの相手は苦手なんだが」
名刺に書いてある彼女の肩書を見た渡は、今度は声に出してつぶやいた。
「公安機動捜査隊?」
宮下はかすかに頭を下げて言った。
「ご存じかもしれませんが、テロ対策を主な任務とする警視庁の部署です。そして任務には、生物兵器の研究が含まれます」
渡は宮下と遠山の顔を交互に見回しながら尋ねる。
「生物兵器だと? 熊か何かの見間違いじゃなさそうだという事か、今回の事件は」
遠山が新しいおもちゃを手にした子どものように目をきらきらさせて言う。
「生き残った大学生たちは大蛇だと言っているそうです。しかし、それでは辻褄があわない点が多々あるんですよ。普段地中に潜んでいる生物だとしたら、一帯の地質も調べてみる必要があるんです。地質学の先生には断られちゃいまして」
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