おうち暮らし

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おうち暮らし

 我が家の黒猫、タンゴは塩対応だ。  出会った時から、成猫だったタンゴは保護猫で、野良生活が長かったらしい。抱っこは大嫌いで、一応撫でることはできるが、気分次第で引っ掻かれて、噛みつかれる。人が振る猫じゃらしや紐は冷ややかに見つめ、放っといた段ボールにかぶりつき、ボロボロにして満足する。  幸い、ご飯はよく食べるので、痩せ気味だったのが、ふくよかになってきたのは嬉しい。  タンゴ、と呼んだって振り返りもしないけれど、何故か反応するフレーズがある。 「おやすみ」だ。 「タンゴ、おやすみ」  寝る時には必ずこう声をかける。すると、にゃぁ、と返事をする。  保護施設にいた時からそうだったらしいので、どうしてなのかは分からない。もしかしたら、野良猫だった、もしくは野良になる前があったかもしれないタンゴに、そう何度も言ってくれる人が、いたのかも知れない。  タンゴは、それを良い思い出だと記憶しているのではないか。  猫は記憶力がいいと聞く。嫌な記憶のある言葉なら、怯えたり、威嚇したりするはず。タンゴは、きっと、「おやすみ」という一言で、だれかと繋がっていたのではないか。  タンゴの返事は、人間という生き物に対して、一瞬だけ発せられた、親愛の印なのではないか。  単なる私の妄想だ。タンゴは今日も、私が来た途端、別方向へ走り、ゴロリと転がり、そっと指先を鼻に近づけたら噛みつこうとし、ご飯を置いたらのっそり現れ、一心不乱に食べて、ソファの真ん中を陣取る。  タンゴとは違い、夕食もそこそこに、作業用の机に座った私は、締切が近い仕事に必死で取り組んでいた。それから何時間経ったのか、ようやく目処がついて、ホーっとパソコンの前で脱力した。ふと、足元に目をやると、タンゴがじいっと見上げていた。時計を見れば、就寝する時間を過ぎている。タンゴにまだおやすみを、言っていなかった。  ちゃんと、時間、覚えていてくれたんだ。  それだけで、タンゴがいて良かったと思う。うーんと伸びをし、椅子から立ち上がった。 「おやすみ、タンゴ」  にゃあ。
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