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(完結・読切ショートホラー)
「あ、……あそこにいるのが、そうじゃないですか?」
言いながら部下が、河川敷の一角を指さす。
私は無言でうなずき、道路沿いに張りめぐらされたロープの下をくぐって、雑草まみれの傾斜を小走りにおりる。
河川敷に大勢いるハッピ姿の職人のうちの1人が、
「おい、アンタら! ここいらは危ねぇから、立ち入り禁止だぞ!?」
と怒鳴った。
私は無言で、スーツの内ポケットから出した警察手帳を開きざま、バッジを周囲にかかげながら歩を進めた。
間もなくスタートする花火大会の準備で大わらわの花火職人たちは、ロコツに不審で迷惑な視線を投げかけてくる。
「先日はどうも、若ダンナ」
と、私は軽く頭を下げながら、祭り用テントの一角で缶ビールを飲んでいる男に近付く。
茶色いアタマにねじりハチマキをキリリと巻き、店の屋号の入ったハッピを身につけた風情が、若いワリに、ちゃんとサマになっている。
愛敬があり、陽気で快活な風貌の青年なのだ。
私たちを見て一瞬青ざめたが、すぐにフテブテしい笑みを片頬に浮かべた。
「やあー、どうも刑事さんたち。ご一緒にビール、いかがです?」
それを見てカッとなった私の部下は、ツカツカと詰め寄る。
「おい、ヘラヘラすんじゃねぇ! 奥さんをバラバラに切り刻んだ凶器のすべてから、オマエの指紋が検出されたぞ」
たちまち周囲がザワついたので、私はあわてて部下の肩をつかんで、
「早まるな、バカ! コイツには、まだ、ホトケの頭部の隠し場所を吐いてもらわなきゃならねんだから」
と、小声で制してから、
「すいませんね、若ダンナ。ちょっと、署まで任意同行願えませんか?」
「まいったなぁ。これから花火をあげようってときに」
老舗の花火屋の次期社長という肩書を持つこの男。やれやれと肩をすくめながらも、
「まあ、イマドキは尺玉もコンピュータ制御ですんで。僕なんか、いてもいなくてもかまわないんですがね」
と、アッサリ私たちの後についてきた。
ちょうどそのとき、上空のスピーカーから、花火大会の開始を告げるアナウンスが聞こえてきた。
男は、私と部下にはさまれた格好で、やけにノンビリと河川敷を道路に向かって歩きながら、
「僕の奥サン、とんでもないホスト狂いで、ハデ好きなオンナだったの。とにかくハデなことが好きだったから……」
そうポツリとつぶやいた瞬間、背後でハデな爆音がして、最初の花火が打ち上げられたようだった。
よく晴れた夕焼けの空から、ボタボタボタッ……と、ヤケにネットリとして重い、真っ赤な雨が降り注いできた。
END
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