深海魚とおやすみ

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夜の天蓋が空を覆う。 対岸の街が遊園地みたいに輝いている。その光が海面に落ちて、爬虫類の皮膚のように艶めかしく揺れていた。開いた窓から冷たい潮風が波の音とともに車内に入ってくる。 二枚のチケットを運転席のサンバイザーに戻した。 水族館へはひとりで行こう。深海魚の水槽のまえで一日を過ごそう。 カーステレオから流れて来る音楽を口ずさむ。 死んだ鯨が海底に沈むと、その死骸のまわりには生態系が発生するらしい。 彼女もそうなればいい。いろんな生き物が群がって食い漁られて深海の命の糧になる。彼女は深海魚たちに取り込まれて、食物連鎖で回り回って、ぼくのところに帰って来る。その時をいつまでも待っている。 港の端の道に沿って外灯がポツンポツンと並んでいた。夜闇に塗りつぶされた世界にぼんやりとした橙色の明かりが浮かんでいる。車を走らせながら眺めるそれは、深海で発光する生き物のようだった。 その明かりを常夜灯にしてきみは今頃、深海魚を抱き枕にして眠りに着いたかな。 了
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