白いワンピースの裾が汚れている

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 目を覚ますと、彼女がいたはずの空間を傾いた夕日が橙色に照らしていた。スポットライトみたいだと思った。僕は立ち上がって玄関に向かい、靴を履いた。彼女の靴はなかった。引き戸を開けて一歩を踏み出すたび、数センチ、意識が沈んでいく気がした。紬を見つけたとき、彼女はとなりの小屋でぶら下がっていた。僕は彼女の足元に転がっていた椅子を立たせると、座板の砂を払い、そこに腰掛けた。半開きになった目はちょうど僕を見つめていた。  風が吹くたび、小屋の縄を結びつけている部分がギシギシと音を立てた。紬を殺すことになった彼女の両親への復讐を一瞬だけ考えたけど、そうすることでこのかなしみを上手く飲み込める気がしなかった。彼女の死を引きずることで上手に生きることはできそうになかった。手を尽くしても救えない命が確かに存在している。目の前の彼女を見てそう思った。ふわり、ふわり。白いワンピースが風に舞う。ふわり、ふわり。視界がぼやけていく。 「やっぱり僕は、君が好きだったと思う」  大声を出しても彼女に届くことはないだろうし、そうするだけの勇気はなかったから、死にかけの兵士が家族への愛を絞り出すみたいな声でそう呟いてみた。ペットショップで子猫と目が合ったときのような、微妙な気まずさを感じた。  おやすみのひとことくらい、掛けてやればよかったと思った。
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