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***
うーん、……ここは?
あれ、私、たしか、ビデオを見ていて?
目覚めたのは自分の部屋みたいだけど、何かが変だった。
「キャハハハ!」
「!?」
地響きのような音と共に、
突然、大きな手が私の体を掴み、持ち上げた。
「新しい人形さん、踊って踊って!!」
そして、私の目の前いっぱいに写ったのは、自分の妹の顔だった。
――ねえ、あなた、どうしてそんなに大きいの?
何か喋ろうとするが、声が出ない。
からだが、うごかない。
そして、目の前の巨大な妹は、無邪気にニタリと笑った。
ああ――、
妹が大きいんじゃない。
私が小さくなったんだ。
そして、力の入らない体が激しく振り回される。
上下左右に、私の頭が揺れた。
――や、め、て、よ
いや、ああっ!
顎が胸にぶつかり、後頭部が背中に付いた。
――ごぼっ、がはっ!
不思議と痛みは無いが、視界がぐわんぐわんと揺れ続ける。
そしてついに、何かが抜ける感覚。
――ぎいやああああああ!
衝撃とともに目に飛び込んできたのは、首の無い人形の胴体だった。
――そうか、ビデオを見て、人形に……
ようやく気がつくも、意識が一瞬にして遠退いていく。
そして最後の瞬間、私は見た。
自分とそっくりの女の子が部屋に入ってきて、妹に言ったのを。
女の子は、私と瓜二つで、だけど、瞳だけは違う、青い、青い瞳をしていた。
――「ダメじゃない、人形は大切にしないと」
***
「…………」
再び目を覚ますと、
ビデオテープなんて箱の中には入って無くて、
代わりに、顔が割れて首が取れた、青い瞳をした人形が入っていた。
「……ごめんなさい」
私は彼女の首を元通りに直して、嗚咽しながら躰を抱きしめた。
それから私は妹に、きつく叱った。
お人形さんを粗末にしたら、人形と魂を入れ替えられるよ、と。
私はその後すぐに、人形供養に行った。
そしてお焚き上げのようすを見ながら、思った。
あのビデオが、夢じゃなくて、本当にあったんだとしたら。
ほんとうに、現実離れした考えなのだけど。
壊れた青い瞳の人形の魂が、雛人形のビデオに乗り移って、私にあの映像を見せたのかもしれない。
人形の魂は、ヒトガタのものに宿ると言う話を聞いたことがある。
でも、人形やマネキンみたいなヒトのカタチ以外でも、比較的、親和性が高いもの――、例えば、人形を映したビデオやDVDの映像の中に、人形の魂が入り込むことだって……。
――なぁんて、さすがに、飛躍してるし、馬鹿馬鹿しいか。
そんなビデオは、結局、見つからなかったのだし。
あれはやっぱり、夢だったのかもしれない。
***
そして、何年かが経った。
あの体験以来、私は人形を克服した――、なんて、上手い話はなくて。
たしかに、年を重ねるうちに、自然と、昔より恐怖心は薄れていったけど、
たまに、街中で人形で遊んでいる子供なんかを見ると、未だに少しギョッとしてしまう。
――――。
「要らないもの、こんなにあったんだね」
今日は、我が家のイレギュラーな大掃除の日。
成長した妹の一人部屋を作るために、物置と化していた小部屋を整理することになって、私も駆り出されているのだった。
片付けの途中、妹が段ボールの山の間から話しかけてきた。
「ねぇ、お姉ちゃん――、」
「なぁに?」
「お姉ちゃんさ、昔、わたしに、人形を乱暴に扱うなって、教えてくれたよね」
妹は懐かしむように続ける。
「なんか、お姉ちゃんって、昔は人形が嫌いだったじゃん。
けど、なんでかな、急にわたしに、人形を大切にしないと、魂を乗っ取られるぞ、って、凄い剣幕で怒ってきたことがあったよね」
「……ああ、あの時のことね」
私は、数年前に物置から人形を取り出した時のことを話そうとする。
「……幼稚園の時に壊した人形を処分しようと思って、物置を探したらね、人形があったはずの場所に、代わりにへんてこなビデオが入ってたの」
信じて貰えないかもしれない。
私は少し躊躇して、回りくどく言いかける。
「私、前にもこの話したこと、あったっけ――? 初めて、よね――?」
言ったら笑われそうで、話したことなんて、一度も、無いのだけどね。
そう言って黙り込んだ私に、妹は否定も肯定もしない。
彼女は、代わりにこう呟いた。
「ちなみに、そのビデオに映ってたのって、立派な雛壇だったよね?」
「…………え?」
心臓が、冷たいものが当たったように縮む。
嫌な汗が、ばぁっと吹き出した。
違う。私はまだ、一言も、一度たりとも、ビデオの中身のことを、妹に話してない。
だけど、今、彼女が言ったのは――。
――違う、違う、チガう、違ウ、チガウ、チガウ――!
――こいつは、違う――!
「――あ、あ、あんた、カラコンなんて、いっ、いつの間に……」
現実離れした考えを否定したい私と、辻褄を合わせたい私とが、ぐちゃぐちゃに混ざり合い、そんな言葉を漏らすので、精一杯だった。
妹の体を借りたそれは、ぎこちなく立ち上がると、真っ赤な歯ぐきを見せて、狂ったように笑い出した。
――「ダメじゃない、人形は大切にしないと」
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