それは雨だった。

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 じっとりと汗ばむような、湿気のひどい晴れた日の放課後。  僕は君を人気のない神社の境内に呼び出した。  時間より少し遅れてきた君は、素っ気なく「何?」と問う。  僕は生唾を飲み込み、言った。 「別れてください」  瞬間、辺りの温度が下がったみたいに冷え始める。  君は何も言わず、こちらを見た。その目はまるで、信じられない、といった風に。 「……また、急な話だね。ずいぶん勝手だ」 「ごめん。でも、もう僕、引っ越さなきゃいけなくて」  ただの引っ越しだったらよかった。だけど僕が行くのは……。  彼女はすっと顔を反らす。 「……あんたってやっぱちょっと、ダメンズだよね」 「え?」 「……嫌いになったの?」 「それは……」 「事情は教えてくれないから知らないし、慰めすらできないけどさ。でも、まだ好きでいてくれてんなら、いいじゃん。別れなくても」  ぽつり、ぽつりと振り出す雨。やがて強くなっていくそれを避けようともせず一心に受け、僕と彼女は向き合ったまま黙り込んだ。  濡れる服、冷え行く身体。雨の音がうるさく響く。 「――でも、いつ連絡できるかもわかんないし」  最後の反抗程度に、そっと口にした。だけど彼女は、キッとこちらを睨みつけて言う。 「それでもいいんだって」  すっかり濡れた黒髪から、音もなく雫が飛び散る。 「私、待てるよ。だから……」  できるだけ早く、連絡してよ。  そう言って笑った君の頬を伝っていく雫は、どことなく温かそうで。僕は釣られて温かい雫を流していく。  それらはやがて、乾いていた地面に吸い込まれ、小さな染みをいくつも作りながらゆっくりと落ちていった。
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