第一章

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第一章

涼しい風が肌を撫でる。その風が少しだけ髪を揺らした。窓の外の空から意識を教室に戻す。 「英語だとちょっと違う不思議な表現があるよね、例えば『I was born.』とかね。これ直訳だと『私は産まされた』って受け身だけど、実際訳す時は『私は生まれた』になるね、いいかな?」 どういう流れでこんな話を現文の先生はしているのか。前を聞いていないとさっぱりわからない。まあ、どうせ教科書とは関係のない恒例のお喋りだろう。  私は産まされた。 産まされてしまったのだ。この世に。別に何かしたいことがあるでもないのに、この世に産まされてしまったが故、時の流れに任せて日々生きている。優しい両親、優しい彼氏、一人ではあるけど優しい友達。見た目が特別いいわけではないけど、決して悪い方でもないと思う。悩みと言えば、高校卒業後の進路が全く決まらないことぐらい。きっと私は幸せな状況には居るのだ。生まれた理由がわからないだけで。でもきっとそんな悩みやわからないことはどうにでもなるだろう。流れに抗おうとせず、程よく流されていればいい。  私は産まされた。 まるでその言葉は、私の今までの、そしてこれからの、ただ流されているだけの人生の言い訳のように心にストン、と落ち着いて離れない。私は、産まされた。
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