第二章

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天、地、星、山、川…筆にも慣れてきた。檀さんとの稽古では万葉仮名も習い始めている。漢文も少しやった。漢文の書き下しは得意な方だったが、それは返り点や送り点があってのこと。白文ではとても読めたものではない。  本来女性は漢籍など読めずとも全く問題はございませんが…まあ、少し学んでおくくらいなら構わないでしょう。  なぜですか。漢文はこの時代で大切なんですよね?  そうですが、漢籍は男性が使うものでして、下手をすれば男社会に出てくるなと反感を抱かれかねません。 女は無知なふりをしていろ、ということらしい。やはり私は幸せな所にいたのだ。父と母はきっと大学にも専門学校にも行かせてくれただろう。先生たちだって学びたいものを学べと言った。学びたいものがなくても、大学へ行けという一種のプレッシャーさえあった。それがここでは必修で嫌いだったものが女には必要ないとされ、学ぶなとまで言われる。 結局漢文は少し齧るのを許された程度だ。代わりに学ぶよう言われたのは和歌。和歌を作るなんて自分にできるだろうか。いや、やらなくてはならないのだろう。わかっている。ため息をついた。筆に墨をつけて、もう一度天地詞を頭から書き始める。 「姫様。少しお休みくださいませ。」 「ありがとうございます。これを書き終えましたら。」 「手習いにそれほど励まれるのは立派なことでございますよ。」 私は他にやることもないだけだ。 「姫!姫よ!…ああ、お稽古の最中でしたか。」 「いえ、今終わりにする所です。ご機嫌麗しゅう、お爺様。」 「随分とご立派になられた。感謝します、檀様。」 「姫様は大変上達がお早いですから。」 さっきの挨拶だって、前に見た映画のセリフをほぼそのまま言っただけだ。それにここの文化の多くは少しとは言え触れたことがあるものが多い。 「どうなさったのですか、そのお荷物。」 「そうでした。たくさんの殿方が贈り物を姫様にと。」 「(わたくし)に?」 「ええそうです。美しい姫君の噂が広まりまして、大勢の方が毎日来られるのですよ。」 「そんな、(わたくし)の顔も何も知らないでしょうに。」 「それほど姫の素晴らしさは広まっているのです。なんとありがたいことなのだ…」 そんな『姫君』などこの世界のどこにも存在しないのに。そんなもの、居ないのに。『私』って、何だったのだろう。相手によって好きに形作られてしまうのが私?そうだとしたら、 他人がいなくなったら、私を見る人がいなくなってしまったら、私はいないも同然ではないか。教室で一匹狼だった頃は、確かに『私』がいたと思っていたのに。私はいつの間に消えてしまったのだろう。 「それで、姫様に相応しい男性を五人に絞りました。どなたも立派なご貴族で、ご覧下さい、歌も大変素晴らしい。どなたの歌が、姫様のお気に召しますかな?」 「え、待ってください、どういうことですか?」 「なるほど、どなたも素晴らしいお方ばかりです。どなたを夫となさっても、姫様の将来は安泰でございましょう。」 「この中から、夫を選べと…?」
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