愛、知ってる?

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『本日の東京の天気は晴れ、五月晴れの気持ち良い日差しがあるでしょう。』 コーヒーを飲みテレビから流れてくる女子アナの甲高い声を聞きながら外を眺めて… いや、見下ろしている男は最近人気のアプリを多数出しているドロップモード社の社長、山崎和也だ。 若くして企業し巧みな戦略・売り込みで一気に多くの 有名番組のスポンサーに着くほどのやり手社長。 社員はそんなにおらず会社規模は小さいが業績は群を抜いていて、囲碁とチェスの要素が入った【モノクロプレイズ】は爆発的にヒットし国民的ゲームアプリにまでなった。 住んでいるのは高層マンションの上層階でスカイツリーが綺麗に見える3LDK。 地下の駐車場には高級外車が、部屋の家具も一流ブランドメーカーで揃えられまさに世間一般の人が思い描くような華やかな生活ぶり。 『それでは皆さんお気をつけて、行ってらっしゃい!』 女子アナの声を聞いてテレビに目を向けると番組が終わる時間、じきに迎えのタクシーが来る頃だ。 こんな華やかな人生を送っている山崎は自身のことを成功者と信じ、そしてそれは大きな自信・自慢となって表に出ているのだが。 その事がいいのか、悪いのか今後の人生でどう影響してくるのか。 出社して朝のミーティングを終えると山崎はまず新聞に目を通す、経済・スポーツ・朝読と毎日三刊は読んでいる。 今日はどの誌面もインターネット大手のワールドソーシャル社のモバイル業界への参入を大きく取り上げていて、それは山崎も以前から風の噂程度で聞いてはいた。 ワールドソーシャル社の社長の大宮浩一はかなりの切れ者で、二年でネットサイト『ワールドサーチ』をインターネットユーザーに定着させ今では誰でも当たり前に使っていて現に山崎も日常で無くてはならないサイトの一つだ。 少し前に低迷気味のモバイル会社を買収したとニュースになっていたがさっそく参入してきたようだ。 モバイル業界と言うことでドロップモード社もまったく関係ない訳ではないがそんなに騒ぐ事でも無いととくに山崎も問題視していなかった。 三刊読み終えた頃、木下翔太が社長室へ数枚の資料を持ってやってきた。 木下が担当している今制作している新作アプリの物らしいが・・。 「こんな雑なキャラクター案で相手に全部伝わると思ってるのか?もう一度考え直してこい。」 「え?でも…この打ち合わせもう今日の午後ですし。」 「だから何だって言うんだ?このライフサポートアプリの中で常にユーザーと多く顔を合わせることになる一番大事なキャラクターだろ。」 「そうですけど、G・デザインの林さんなら打ち合わせの時に話せば。」 「じゃあ今それを俺に話しみろ。」 「ん?はい?」 「だから、今その内容をここで俺に話してみてくれ。キャラクターのデザインの特徴・性格、どんな動きをどの程度入れてみたいか。声はどんな声で具体的に誰に頼みたい?今の考えだとキャラクターは二人の予定だから二人分きちんと話してくれ。」 山崎の矢継ぎ早の質問攻めに木下はすっかり動揺して目は泳ぎっぱなしである。蛇に睨まれた蛙そのもの。 「あの木下さん。一時間ほど考えてそれからまた社長の所へ来てみては?」 「その必要はないよ白石君、あと五分で回答が出ないのなら彼にはこの企画から降りてもらう。」 見かねた秘書の白石のぞみが木下に助け船を出したが、その船は暴君山崎の一声で一蹴された。 「そう言うことだ、木下の答えを聞かせてもらいたい。」 「は?ふざけんなよ!五分だ?そんなん出来ねーよ、勝手にやってろ!」 「なるほど、それがお前の答えだな。それじゃこちらでやらしてもらう。白石君G・デザインとの約束までにまとまって時間取れるとこは?」 「…はい、少し待ってください。」 山崎の態度に怒りを見せ仕事を放棄した木下とは違い、涼しい顔をして今後の予定を決めている山崎。そんな山崎の態度を目の前で見たらどんな人でも怒りは増すものだ。 怒りにまかせて部屋を出ようとする木下を山崎が引き留めた。 「木下、今日で退社ということで人事に話しておく。いいな?」 まさに暴君、それを聞いて木下は何も言わず荒々しい足音をして去っていった。 そんな騒然としたあとも顔色一つ変えずに秘書と今日の午後の打ち合わせについて話している。 冷酷で実力・結果主義、でなきゃ社長は務まらないとよく言う。典型的な社長を絵に描いたのがこの山崎和也、そのことをよくご理解頂きたい。 暖かな日差しが届く午後、洗濯日和・お出かけ日和な言葉がぴったりな気持ち良い日差しがG・デザインのオフィスを照らす。それほど大きい会社でないのでオフィス兼応接室のフロアだがシンプルでどこか温かみのある居心地が良い空間が広がる。 木下が放棄してから約四時間の時間しかなかったがさすがやり手社長と言った所か、無事に案件内容も纏まりお茶で一息ついている頃だった。 「それではキャラクターのデザイン上がりましたらご連絡致します。」 「はい、すみません。林さんに声優さんの方までお願いしてしまって。」 「いえ、今回はキャラクターのデザインから構成まで具体的で作り易いですし。それに山崎社長直々の打ち合わせですから。」 「そこの点も本当申し訳なくって、木下の件に関しましては重ね重ねお詫びするしか。」 「そんな、誰も悪くないですから社長も顔上げてください。ほら白石さんも!」 山崎が頭を下げて陳謝するのとほぼ同時で同じく頭を下げていた白石を慌ててG・デザイン社長兼デザイナーの林敏広が二人を諫める。 「確かに木下君は今どきの若者らしい感じがありましたけど一生懸命な良い子ですし、また戻ってもらえばいいんじゃないですか?私は構いませんので。」 「いえ、木下には今回の件で退社と言うことで話しが付いておりますので。」 「えぇっ!?退社ですか?なんでまた?」 「そ、そんなに気にかけますか?なにか木下でないといけない理由でも?」 退社の言葉を聞いてオフィスに響くほどの声を発した林に山崎は顔を曇らせる。あくまで非はドロップモード社にある以上山崎は慎重になって当然だ。 「あ、すみません大きい声出しちゃって。その…誰が担当希望とかではないんです、ただ何も辞めるまでしなくていいんじゃないかと。木下君もまだ入ったばかりでしたし、まだまだこれからかなーと思ってたもので。」 「林さん、うちでは甘い仕事はしないんです。それが今の実績に繋がっているんです、新卒と言えど木下の仕事内容ではとてもじゃないですが。」 「そう、ですか。」
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