夕立の君と百鬼夜行

2/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
※ ※ ※ それから夕立の降る日には、泰介はクヌギの下のベンチに座った。そこには必ずナナミの姿もあった。実のところ泰介は天気に関わらずその場所に通っていたのだが、ナナミがいるのは決まって夕立の降っている時だけだった。彼女は雨の中、母親のラパンを軽快に運転してやってきて、そして雨が止むまでベンチに座るのだった。 「いつまでこっちにいるんですか?」 9月になり高校はもう新しい学期が始まっていた。泰介は野球部を引退して、本格的に受験勉強が始まった頃だった。 「大学生の夏休みは長いんだよ。」 ナナミは休みの間ずっと熊谷の地元にいるつもりらしい。せっかく東京に住んでいるのなら、休み中も東京にいた方がずっと楽しかろうと思うが、彼女には彼女の都合があるのだろうと泰介は理解していた。 「髪、伸びたね。」 「伸びました。」 「受験勉強はどう?」 「それなりに。しっかりやってます。」 雨は直ぐに止むこともあったし、長く降り続けることもあったが、雨の降っている間だけ泰介とナナミは言葉を交わした。 「ナナミさんは、そろそろ就活ですか?」 泰介は彼女のことをもっと知りたいと思っていた。ナナミはまるで夕立のように気紛れで儚い人だった。雨上がりとともにふと消えてしまうような、泰介はそんな予感がしていたのだった。 「そうだねぇ。そうだけど。私は何にもなりたくないんだよね。」 その日はいつもより長い夕立だったかもしれない。雨が止んだ時には既に陽が落ちていた。山の向こう側から空がグラデーションに青が濃くなっている。畦道に等間隔に並んだ電灯が巨大な星のように見えた。 雨が上がってもナナミはベンチに座ったままだった。 「君、百鬼夜行って知ってる?」 不意にナナミが言った。 「鬼とか妖怪の行列みたいなやつですよね。それがどうかしましたか?」 ナナミは大学で日本文学を勉強していると言ってはいたが、女子大学生から百鬼夜行という言葉が出てくるのは泰介には意外な気がした。 「こんな怪しい空の夜にはさぁ。そういう変わったものが現れても不思議ではないなぁと思って。ベンチはその行列を見るためのものだったりして。」 ナナミは戯けた顔を作ってみせたが、裏腹に彼女の言葉はやけに真剣に聞こえた。 「まさか。もし仮に百鬼夜行みたいなことがあったとして、呑気にベンチで見学してる場合じゃないんじゃないですか?」 「君はロマンがないねぇ。まあ確かに百鬼夜行なんて見たいものではないかもしれないけどさ。見たら鬼たちに連れていかれちゃうっていう話もあるくらいだからね。」 鬼や妖怪にロマンを求める感覚は泰介には良く分からなかったが、ナナミの物憂げな表情は確かにロマンチックだと泰介は思った。 「ねぇ。代わりに私が君を誘拐するっていうのはどうだろう?」 「誘拐するんですか?」 「そう。かどわかし。きっと今の私は鬼か妖怪みたいなものだからね。」
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!