落とされた猿

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落とされた猿

孫悟空 十八歳 建水と楚平が俺の事を呼び止めていた。 だけと、俺の体は止まる事はなかった。 牛魔王の事が憎くて仕方がなかった。 「うがぁぁぁぁぁぁあ!!」 叫び声を上げながら牛魔王の顔を長くなった爪です掻き切ってやろうと思った時だった。 「美猿王!!確保!!!」 俺の背後から声が聞こえた。 「っ!?」 ガチャンッ!!! いつの間にか俺の手足が手錠と鎖で拘束されていた。 手錠はかなり重たい物で、俺の体は重さに耐えきれず地面に倒れ込んだ。 「な、なんだコレ…。」 めちゃくちゃ重い…。 体が動かせねぇ…。 「遅かったですね…。毘沙門天殿?」 牛魔王が俺の背後に立っている人物に声を掛けていた。 毘沙門天? 誰だよ。 視線を上にあげると、綺麗な顔をした白い長い髪の男が立っていた。 「牛魔王。貴方の連絡を頂いたのが遅いんですよ。」 連絡? 「寺の中に生き残りが居ないか探して下さい。それと、怪我人の手当を。」 「かしこまりました。」 毘沙門天って奴が連れて来た兵が寺の中に入って行った。 20人程の兵を連れて来たらしく、残りの兵達は建水と楚平の手当を始めた。 「お前は何者なんだよ。」 俺は毘沙門天と呼ばれた男を睨み付けた。 「私は天帝の者です。貴方は大罪を犯しました。」 「大罪…?俺が?」 俺がそう言うと毘沙門天は深い溜め息を吐いた。 「自分がした事を忘れたのですか?貴方は須菩提祖師や兄弟子達を殺し、不老不死の術を盗んだでしょう。」 俺が爺さんを殺した? 才達を殺した? 不老不死の巻き物を盗んだ? 何を言ってんだコイツ…。 俺は牛魔王に視線を向けると、牛魔王はニヤァァッと口角を上げた。 コイツ…。 まさか、自分のした事を俺に擦り付けようとしてるのか? 「俺は爺さんを殺してねぇ!!才達を殺したのは牛魔王だ!!アイツが爺さんを殺したんだ!!!」 俺は毘沙門天に抗議した。 だが、毘沙門天は俺の言葉に耳を傾けなかった。 「何を言っているのですか?貴方の体に不老不死の紋章が刻まれている。それが何よりも証拠でしょう。それに、牛魔王が貴方の悪知恵を知り、我々に教えてくれたのです。少し到着が遅れましたがね。」 そう言って毘沙門天は牛魔王を見つめた。 「我々も美猿王の底意地の悪さには手を焼いてましたからね。こちらとしても須菩提祖師を救えなかったのが残念ですがね。」 この野郎…。 どの口が言ってんだ!!? 「何言ってんだよお前!!?全部、全部!!お前が仕組んだ事だろうが!!!!」 「美猿王さんは殺してませんよ!!!」 俺が叫んだ後に、建水が叫んでいた。 「建水…。」 「須菩提祖師殿を殺したのは牛魔王ですよ!!美猿王さんは私達を助けてくれ…。」 グチャッ。 ボトッ。 地面に落ちた物は建水の頭だった。 手当をしていたはずの兵が建水の頭を斬り落とした。 「け、建水!!?な、何をすんですか毘沙門天殿!!」 楚平はそう言って立ち上がり、毘沙門天の胸ぐらを掴んだ。 「何故、建水の首を斬ったのですか!!建水はただ、本当の事を言っただけじゃないですか!!なのに、なのにどうしてですか!!」 牛魔王が楚平の背中に向かってゆっくりと足を伸ばしていた。 牛魔王の手には剣が握らせていた。 「やめろ!!牛魔王!!楚平!!ソイツから離れ…。ガハッ!!」 俺が楚平を逃がそうと声を掛けてようとした時、後ろにいたのだろう兵の足が俺の脇腹を蹴り上げた。 脇腹を蹴られて息が出来ない…。 苦しい…。 楚平は牛魔王の気配には気付かず、毘沙門天にずっと抗議をしていた。 やめろ、やめろ。 やめてくれ…。 もう…、これ以上は…。 牛魔王は楚平の背中に剣を振り上げようとした。 「楚平!!逃げ、ろ!!!」 俺は声を搾り上げて叫んだ。 楚平は俺の声に違和感を感じて毘沙門天の胸ぐらから手を離し、逃げようとした。 だが、毘沙門天が楚平を手を掴み後ろに引いた。 後ろに引かれ体勢を崩した楚平は牛魔王の剣を避ける事が出来ず、牛魔王に斬られた。 「やめろー!!!!」 ブジャァァァァ!!! 楚平の体から血が溢れて出た。 ドサッ。 口から血を流した楚平は地面に倒れ込んだ。 俺の横に倒れた楚平はもう死んでいた。 「お前のした事を見た奴等は先に殺しておきなさいと言ったはずですよ。」 「いやー。殺そうとした時に毘沙門天殿が来たんじゃないですか。まぁ、これで美猿王が須菩提祖師を殺してない事を知ってる奴はもういないんですから。」 毘沙門天と牛魔王はクスクスッと笑いながら話していた。 コイツ等は口封じの為に建水と楚平を殺したのか? 何も悪い事をしていない2人をコイツ等は…!! 殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!! 殺してやる!!! ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。 明るくなっていた空は再び雨雲を呼び出した。 雷の唸る音が空に響いた。 「な、なんだ急に!?」 「あ、毘沙門天殿。俺の後ろにいた方が安全ですよ。」 「え?」 ドゴォォォーン!!! 雷が俺の体に落ちて来た。 体に痛みなんて感じなかった。 雷が落ちたのは手足に付いた鎖や手錠だった。 パリーンッ!!! 鎖と手錠が破壊され、俺の周りに雷の龍が回っていた。 「あ、あれは雷龍か!?何故、美猿王が雷龍を扱えるんだ!!」 毘沙門天が俺の周りを回っている雷龍を見て驚いていた。 俺と雷龍は初めて会ったはずなのに、会った事がある気がした。 「私は貴方を守る者。」 雷龍が口を開き俺を見つめて来た。 「俺を…守る?」 「早く美猿王を捕らえよ!!!」 毘沙門天が周りにいた数名の兵に指示をした。 「は、はい!!」 「分かりました!!」 数名の兵達が俺の体を取り押さえようとした。 だが、兵士達は俺の体に触れられなかった。 何故なら雷龍が雷を放ち、兵士達を近付けないようにしていたからだ。 雷龍は牛魔王や毘沙門天、兵士達に近付けさせないようにしていた。 「牛魔王!!なんとかしろ!!」 「はいはい。なんとかしますから美猿王を確保して下さいよー。俺の計画が水の泡になっちゃいますから。」 シュルルルッ。 牛魔王はそう言って兵士達の影を自分の影と合体させ、巨大な影の龍を作り上げた。 「ゴォォォォォォォ!!」 影の龍が叫び声を上げながら雷龍に噛みつこうとした。 だが、雷龍は雷を放ち影の龍の体に雷を浴びせた。 ビリビリッ!! 影の龍は雷を浴びて、震えていた。 感電したようで動けないでいた。 俺はその隙に牛魔王の所に走り出した。 「牛魔王ー!!!」 牛魔王に近付き、俺は思いっきり牛魔王の右頬を殴り付けた。 ガシッ!!! 「ッペ。」 殴られた牛魔王は口の中に溜まった血を吐き出した。 「痛ってぇな。口の中が切れちまったじゃねーか。」 「一発だけで済むと思ってんのか!!お前のした事はこれ以上のもんだ!!爺さんを殺し、才達も殺したお前を俺は許さねぇ!!!」 俺はもう一発殴ってやろうと思い、拳を走り上げた。 「はーい。大人しくしろよー?」 ガシッ!! ガシャーンッ!! 誰かに頭を強く捕まれ地面に思いっきり叩き付けられた。 叩き付けられた地面は割れ、割れた破片が俺の顔に刺さった。 俺の意識がプツンッと音を立てて無くなった。 1人の青年が空から降って来た。 孫悟空の頭上に降りた青年は、孫悟空の頭を掴み地面に思いっきり強く叩き付けた。 毘沙門天は青年の姿を見て驚いていた。 細くて長い綺麗な黒髪を靡(ナビ)かせ、色白の肌に切長の黒に薄いピンク色の唇が色っぽい。 高級な布を体に巻き付けていて、首や足首や二の腕に高級なアクセサリーが輝いていた。 見た目では男なのか女なのか分からない程の美しさをこの青年は持っていた。 牛魔王は青年を見ていたが、美猿王と同じぐらいの綺麗な顔をした青年に見えていた。 「か、観音菩薩(カンノンボサツ)様!?」 「っ!?」 毘沙門天の発した言葉に牛魔王は驚いた。 観音菩薩とは天界の中でも二番目に位が高いと言われている人物で、亡くなった釈迦如来(シャカニョライ)の意思を継ぎ天帝達の頂点に君臨した者。 観音菩薩の知恵は星の数よりも多いと言われている。 「美猿王の捕獲に随分と時間が掛かったようだな。早くコイツの体を拘束しろ。」 観音菩薩が毘沙門天に指示をした。 毘沙門天はそそくさに孫悟空の手足に手錠を付けた。 観音菩薩は牛魔王の持っていた剣に目を向けた。 剣には血がベットリ付いていた。 周りを見て見ると、建水の首無しの死体と、楚平の死体が観音菩薩の目に止まった。 「この2人を斬ったのはお前か妖。」 観音菩薩がジッと牛魔王を見つめた。 牛魔王は平然を装い口を開いた。 「まさか。そこで寝ている美猿王がやったんですよ。この血は美猿王を止める為に美猿王を斬った時に付いた血ですよ。」 「此奴が?」 「はい。不老不死の紋章が体に刻まれているのが証拠です。」 そう言って牛魔王は孫悟空の体に浮き出ている赤いトライバルの彫り物を指差した。 観音菩薩は牛魔王の言葉に違和感を感じていた。 「観音菩薩様。美猿王の拘束が終わりました。」 美猿王を抱えた毘沙門天が観音菩薩に声を掛けた。 「あぁ。では、美猿王を連れて行け。」 「分かりました。」 毘沙門天は観音菩薩に頭を下げて寺を後にした。 「空から降って来るなんて驚きましたよ。流石は観音菩薩様と言った所ですか?」 牛魔王は軽い言葉で観音菩薩に話し掛けた。 「お前が毘沙門天と繋がっていたとはな。」 「美猿王の噂が天帝達にも伝わっていたでしょ?俺は毘沙門天殿に依頼を受けていましてね。」 「美猿王を捕獲しろと言う依頼か。」 観音菩薩がそう言うと牛魔王は「はい。」と答えた。 毘沙門天と牛魔王が繋がっていると言う噂は観音菩薩の耳にも届いていた。 だが、天界と地上を行き来している観音菩薩は美猿王の噂を耳にしていなかった。 観音菩薩からしたら、本当に須菩提祖師を殺し不老不死の術を自分で掛けたのか謎に思っていた。 「さ、観音菩薩様。お送り致します。」 牛魔王はそう言って手を差し出した。 観音菩薩は差し出された手を掴んだ。 牛魔王は観音菩薩の手を握り寺を後にし、牛魔王の率いて来た妖が用意した馬車に観音菩薩を乗せた。 そして、遠くなる寺を見ながら牛魔王は小さく笑った。 その笑いを観音菩薩は見逃さなかった。
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