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不老不死の術
身体中の血が流れているのが分かる。
視界がグラッと揺れる。
「悟空ー!!!」
爺さんの声が遠くで聞こえた。
「無様だな。人間なんかを庇ったせいでこうなったのだ。」
倒れ込んだ俺を牛魔王はゴミを見るような冷たい目で見ていた。
体が寒い…。
「美猿王さん!!しっかりして下さい!!!」
「死んだら駄目です!!!」
建水と楚平が泣きながら俺の体を揺する。
「いつまでも、こ、ここにいるんじゃねぇ…。俺を置いて山を降りろ。」
「何を言ってるんですか!!美猿王さんを置いて行けませんよ!!」
「建水。お前の役目は爺さんと巻き物を守る…事だろ。」
「だけど!!!私は…。須菩提祖師殿と美猿王さんを助けたいんです…。」
「建水…。だが、俺はもう助からねぇよ。だから行け。」
俺は最後の力を振り絞って如意棒を使って立ち上がった。
「まだ立つのか美猿王。」
「俺の…名前は孫悟空だ!!」
そう言って俺は如意棒を牛魔王の脇腹に叩き付けた。
ゴキゴキッ!!
牛魔王の脇腹の骨が折れる音を立てながら吹き飛んだ。
「ガハッ!!」
俺は素早く牛魔王の後を追い、如意棒を構え直し牛魔王に振り翳した。
キンッ!!
体制を整えていた牛魔王は素早く剣で如意棒を受け止めていた。
「お前、その怪我でまだ動けんのか。」
「お前より…、体力があるんでね。ガハッ!!」
胃から込み上げて来たモノを吐き出した。
吐き出したモノを見て見ると血の塊だった。
幸い、心臓は斬られていなかった事がラッキーだったな。
痛てぇ…。
大きく斬られた傷がめちゃくちゃ痛い。
爺さん達が山を降りるまで、俺が時間を稼がねえと。
俺はただガムシャラに如意棒を振るい続けた。
飛びそうになる意識を体の痛みで何とか繋ぎ止めていた。
牛魔王の剣を避ける気力のない俺は斬られるままだった。
「俺の攻撃も避ける事が出来ないのに。何故ここまで須菩提祖師達を庇う。出会った頃のお前とは別人だ。」
「前の俺と違う…か。そりゃあ…、そうだろ。」
あの頃の俺はきっと、爺さん達を庇う事はなかっただろうな。
爺さんと出会っていなかったらこんなに弱くなってなかったかな。
視界がもう…、まともに見えない。
「どう言う意味だよ。」
「前の俺はもういない。爺さんに孫悟空と言う名を貰った時から、美猿王は死んだ。だからお前の知っている俺はもう…いない。」
ドサッ!!
俺は地面に倒れ込んでしまった。
足に力が入らねぇ…。
体に力が入らない。
俺…死ぬんだな。
「つまらない死に方を選んだな美猿王。いや、悟空。」
牛魔王はそう言って俺に剣を振り下ろして来た。
もう避ける気力も立ち上がる気力もない。
剣の刃が俺の体に刺さろうとした時だった。
「「音爆螺旋。」」
カチャッ!!
光の鎖で牛魔王の体の動きを止めた。
無数の光の鎖が牛魔王の体を縛っていた。
この術を掛けたのた…誰だ?
「美猿王さん!!大丈夫ですか!!」
「須菩提祖師殿!!美猿王さんを!!」
この声は…、建水と楚平?
「悟空!!」
爺さんの声が聞こえる。
「な…んで、ここに。」
爺さんは俺の言葉を無視して俺を担ぎ上げた。
「すまんが、少しの間だけ耐えてくれ!!」
「「分かりました!!」」
爺さんが建水と楚平にそう言うと、どこかに走り出した。
「爺…さん。」
「黙っておれ。あの2人には術を掛けてある。」
「術だ?」
俺の質問にはあまり答えず、桃ノ木園の中に入って行った。
この場所は爺さんが俺に名前をくれた場所だった。
爺さんは大きな桃の木の下に俺を下ろした。
「何で、さっさと山を降りなかったんだ。俺を置いて行けば何とかなっただ、ろ。何で…?戻って来たんだよ。」
「わしがお前を置いて行く訳がないだろう?悟空。」
そう言って爺さんは自分の親指を噛んだ。
親指からは赤い血が流れて来た。
「な、にすんだ。」
「お前を死なせないよ悟空。」
シュルルルッ!!!
爺さんが親指を擦り付けながら巻き物を広げた。
何も書かれていない巻き物から赤い文字が沢山浮き出て来た。
爺さんは俺の額に梵字を書いた。
すると、赤い文字が俺の体の中に入って来た。
ドクンッ!!!
心臓が強く脈を打った。
体が熱い!!
身体中を熱い液体が駆け巡っていた。
息が出来ない。
体の中の血が熱い液体を拒んでいる。
俺の体がガタガタと震えるのを爺さんが強く押さえた。
「耐えるんじゃ悟空!!大丈夫、大丈夫じゃ!!!」
爺さんはそう言って俺の手を握った。
いつまでこの苦しい状態が続くんだ。
「大丈夫、大丈夫だから。」
「爺さ…。」
爺さんの後ろに大きな影が見えた。
あの影は…まさか!!
「須菩提祖師殿!!すみません!!牛魔王を逃しました!!」
建水の叫ぶ声が聞こえた。
牛魔王が大きな影から姿を現し剣を構えていた。
「お、い!!後ろ!!」
俺は体を起こそうとした。
ガシッ!!
爺さんが俺の体を強く抑えた。
「なっ!?」
「動くな悟空。」
爺さんはそう言って笑った。
牛魔王は剣を爺さんの背中に振り下ろした。
ブジャァァァァ!!!
爺さんの背中から赤い血が吹き出した。
「「須菩提祖師殿!!!」」
建水と楚平の声が重なった。
ブワァァァ!!!
「な、なんだ!?この風は!!!」
牛魔王が大きな声で叫んだ。
俺と爺さんを大きな風が包み込んだ。
「おい!!しっかりしろ!!」
倒れそうになった爺さんを抱き止めた。
「体は…楽になったか?」
「自分の心配をしろよ!?何であの時、俺の体を押さえつけたんだ。」
「ハッハッハ。わしの息子を守っただけじゃ。」
「息子…?俺と爺さんは血は繋がってねーだろ。」
俺がそう言うと爺さんが頭を撫でて来た。
優しい手付きでいつものように俺の頭を撫でた。
目頭が熱くなるのが分かる。
爺さんの顔色が徐々に青くなって来ていた。
「わしはな…。お前と出会えて良かったと思っている。」
「っ!?」
「ハッハッハ。最初は誰も寄せ付けない雰囲気の青年だと思ったよ。口も悪いし、目付きも悪い。」
「それ…悪口だろ。」
「だけどな…。お前と過ごした日々は…、とても幸せだったよ。」
俺と過ごしていて幸せだった?
こんな俺と一緒にいて幸せだったのかよ…。
「それにな…悟空。お前の事を本当の息子のように思ってたんじゃ。才達には内緒じゃぞ?ゴホッ!!」
ビチャッ!!
俺の服の上で爺さんが咳をしながら血を吐き出した。
「もう喋るなよ。」
「泣くな悟空。」
そう言って俺の頬を撫でた。
泣いてる?
俺が?
ポロポロと大粒の涙が瞳から零れ落ちる。
止めようとしてるのに止められない。
「わしは…。お前と過ごせて幸せだったよ。最後に…、お願いがあるんじゃ。」
「俺が叶えれる願いか?」
「あぁ。悟空にしか叶えられないよ。」
俺は頬に添えられた爺さんの手を握った。
「斉天大聖(せいてんたいせい)になれ。それがわしの願いじゃ。」
「…。俺が斉天大聖になれば爺さんは喜ぶのか。」
斉天大聖がなんなのかは分からない。
だけど、爺さんが喜ぶのなら俺は…。
「当たり前だろう?この目で…見たかった。」
爺さんはそう言って手を掲げた。
「光…輝く…お前の姿を…。」
爺さんの瞳がゆっくりと閉じた。
力の抜けた爺さんの体はとても軽かった。
「爺さん…、爺さん。」
いくら体を譲っても爺さんは声を出してくれない。
いつものように笑ってくれない。
いつものように俺の頭を撫でてくれない。
もう、爺さんは起きない。
もう、爺さんと言葉を交わす事も…。
桃ノ木園で一緒に桃を食べる事も出来ない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は声を出して泣いた。
俺の周りに赤い稲妻が走った。
赤い稲妻は俺の体に刻み込んでくる。
風の隙間から剣の刃が姿を現した。
「貰った!!」
牛魔王が俺に向かって剣を振り下ろして来た。
ピシッ!!!
剣の刃を俺は掴んで止めた。
ポタポタッ。
俺の手のひらから血が流れ落ちた。
俺達を取り囲んでいた風はなくなった。
黒い雲から太陽の光が差し込んだ。
太陽に照らされた孫悟空の全身に赤いトライバルが入っていた。
孫悟空の手のひらの傷と斬られた傷が再生していた。
「お前…まさか!!不老不死の術を!?」
牛魔王が孫悟空の体を見て叫んだ。
須菩提祖師の血液が不老不死の術を掛ける方法だった。
不老不死の術は禁断の術。
天帝達が作り出した禁断の術。
あらゆる術を使いこなす須菩提祖師に天帝達が受け渡した。
須菩提祖師が不老不死になれば、沢山の須菩提祖師の弟子が生まれ、妖怪達を滅ぼす事が出来ると天帝は考えていたのだ。
だが、須菩提祖師はそんな天帝達の考えを理解出来なかった。
限りない命だから輝くのだ。
命は尊いからこそ、人は自分の生きる道を考えるのだと、須菩提祖師は思っていた。
死の淵を彷徨っていた孫悟空に不老不死の術を掛けたのは、孫悟空を助ける為だけだった。
牛魔王が建水達を斬ろうとした時、身を挺して建水達を庇った孫悟空が輝いて見えていた。
須菩提祖師だけが、光輝く孫悟空の姿を見ていた。
須菩提祖師の頭に1つの言葉が浮かんだ。
「世界のあらゆる物を手にする者。世界のあらゆる敵を滅ぼす者。その人物の名は"斉天大聖"。」
須菩提祖師だけはこの世界を変えれるのは孫悟空だけどと思ったのだ。
人と触れ合い、人の脆さを知り。
人の優しさに触れた孫悟空だからこそ、妖怪の気持ちも人間の気持ちも分かるのだと。
そんな思いで須菩提祖師は孫悟空に術を掛けたのだ。
孫悟空は須菩提祖師をゆっくり地面に寝かせた。
「殺す。お前だけは絶対に殺す!!!」
怒りに身を任せた孫悟空は牛魔王に飛び掛かった。
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